アフターコロナの世界 ~工場制機械工業から家内制デジタル工業へ~

独り言

こんにちは、じじグラマーのカン太です。

新型コロナウイルス騒動収束後の世界について、超零細町工場のおじさんがちょっとだけ考えてみました。

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界を席巻しています。僕が働く町工場も仕事量が一気に減少しました。現在(2020年4月下旬)は前年比50%減程度ですがこの先もっとひどい状況になることは目に見えています。

はたしてこのコロナの脅威はいつ収束するのか、被害を食い止めるには何をすべきか・・なんてことを考えても仕方がないので、収束したあとのことを考えてみたいと思います。

工業の生産様式の変遷について

まずは、ざっくりと工業史を振り返ってみましょう。
未来を知るには歴史から、ですね。

家内制手工業

産業革命以前、工業と言えば手工業でした。農閑期に各農家で手作業で始めたものづくり。これを、家内制手工業と呼ばれます。工業の黎明期ですね。

この形態では、原材料や生産設備は各生産者が用意します。さらに、販売先の開拓や受注から出来上がった商品の運搬なども生産者が全て自前でおこないます。生産者の負担が大きく、生産効率はよくありません。

問屋制家内工業

家内制手工業でも富が蓄積されるようになってくると、販売先に恵まれた生産者の中には他の生産者へ仕事を割り振るものも出てきます。原材料や生産設備を負担して生産者へ渡し、自ら請け負った仕事をさせるようになります。販売先から注文を受け、生産者に製造させ、その生産物を回収して販売先へ納品する。販売先と生産者の間に位置する問屋の誕生です。これが、問屋制家内工業です。

生産者(工程)とその他の管理者(工程)が別となり(分業)、生産効率が高まります。

問屋が原材料や生産設備を負担することで、上下関係が発生するようになり中間搾取も見られるようになります。

工場制手工業

生産工程を手放すことによって生まれた時間を有効に使った問屋は、販売先を開拓しますます富を蓄積するようになります。蓄積された富で土地を手に入れた問屋は工場を建て、各家庭で行っていた作業を集約するようになります。工場制手工業の始まりです。

生産するための場(工場)を利用することで、原材料や生産設備だけでなく「人」までも集約することによって、生産性が向上します。また、人が集まることで複雑な工程を分業によって簡略化することも可能となりました。

生産者が工場に集まり、ひとつの製品を分業で作るシステムができると、個々の製品が誰が作ったものかはわからなくなります。そこで「時給」という考え方が生まれ、成果物によってではなく作業に従事した時間によって報酬が決まるようになりました。

このころから雇用主である「資本家」と非雇用者である「労働者」という階級がうまれてきたのですが、それはまた別の話で。

工場制機械工業

産業革命によって生産設備の機械化が進むと、手作業から機械での生産に移行します。生産の場は変わらず、工場に設備と人を集めてコストを抑える様式です。機械化により大量の製品を作り出せるようになり、生産性は飛躍的に向上します。製品あたりの人件費は安く抑えられ、生産設備は高額なものとなっていきます。

前段階でうまれた資本家と労働者の階級格差も大きなものとなっていきますが、それはまた別の話で。

以上が、1990年ころまでの工業史の流れです。

ビフォアコロナの工業

歴史を見ていくとわかるように、工業はその生産拠点を集約化して発展してきました。生産拠点が集約されるということは、それに従事する労働者の居住区も農村から抜け出し都市部へ集約されていきます。

「集中は発展のもと」という言葉に代表されるように、人や資本が集中する都市がもてはやされ、集中することによって生産性も向上し富も蓄積されるようになっていきました。

アフターコロナの工業

労働力や生産設備を集中させることによって生産性を向上させてきた工業化社会を根底からくつがえす事案、それが新型コロナウィルスによる感染症です。ヒト・モノ・カネを集中させることによって発展してきた社会は、感染症の蔓延を防ぐという見地からは最悪の成立条件です。都市を封鎖し人の往来を止めることでしか感染症から人々を守るすべはなく、人々の移動を止めることで都市機能はマヒしました。

今回のコロナ感染症が収束を迎えても、以前のようにヒト・モノ・カネを集中させることで効率を上げる生産方式には戻らないと考えます。その理由は以下の通りです。

  • 大量生産大量消費の時代は終焉を迎えている
  • 災害等のリスクに備えて生産設備を分散する必要がある
  • リモートワークでも可能な仕事が多数あること
  • 3Dプリンターなど小規模でも可能な生産設備が発明されつつある
  • 大都市での生活に対する潜在リスクを無視できなくなった

1990年ころまでは、「よりよいモノをより安く」するために設備や人を集約して生産コストを抑え、大量生産された製品が市場に出回っていました。しかし、人々の好みは多様化し、一人ひとりが自分の好きなモノを持つ時代へと突入しました。

よく例に出されるのが「ランドセル」です。以前は黒か赤のみでしたが、現在は様々な色や形のランドセルがあります。電話やパソコンは各家庭に1台だったものが、スマホとなって一人一台になり、機能もデザインも多岐にわたってラインナップされています。これらは、工場制機械工業の思想で少品種大量生産を前提に作られた生産設備を、新しく生まれたITという道具を用いて小ロット多品種の生産に対応させることで可能となった製品です。

ヒト・モノ・カネを集約するリスクを知った人々は、今度はそれらを分散させる方向へと舵を切るはずです。現代までの工業史では、ヒト・モノ・カネを集中させる目的で、家内制手工業から工場制機械工業へと発展してきました。この流れを分散させるとすれば、行きつく先は家内制の工業、現代風に言うなれば「家内制デジタル工業」です

家内制デジタル工業

生産設備を分散させ続けると、行きつく先は各個人で生産設備を用意して各個人で生産する方式になります。3Dプリンターのような設備は、原材料とデジタルデータと電力があれば、個人で生産できるものです。ヒトやモノを移動させるには時間もコストもかかりますが、デジタルデータの移動にはコストも時間もほぼゼロで可能です。人口が密集した都市ではなく、地方での居住が可能となりライフスタイルも一変することでしょう。

もし、このような生産方式の世界へ進むのであれば、生産者の賃金体系も変わります。従事した時間で報酬が決まるのではなく成果物によって判断されるようになります。いわゆる内職の世界がそれですね。日本で言うところの「内職」は単純作業を指す場合が多いですが、家内制デジタル工業での内職は一定以上のスキルが必要になってくるでしょう。スキルのない管理職は一掃される世の中になるかもしれませんね。

家内制デジタル工業の社会になり、社会構造が分散化へ進むとするならば、政治の世界も中央主権から地方分権へ、また通貨も中央銀行が発行する統一通貨から、ブロックチェーン技術による暗号資産に移行していくかもしれませんが、これはまた別の話で。

まとめ

今回は新型コロナウイルス騒動収束後の世界について、工業史の観点から考察してみました。

  • 分散型だった生産方式が、富の蓄積により集約型の生産方式へ
  • 産業革命による生産設備の機械化で、大量生産大量消費社会へ
  • 頂点まで達した大量消費社会が、人々の考え方の多様化によりその構造を変えようとしていたときに襲った新型ウィルスによる感染症。

感染症が収束した後の世界に、立ち上がってくる分散化の流れは「家内制デジタル工業」と呼ばれる産業社会へと変貌をとげる。

こんな妄想に長々と付き合っていただき、ありがとうございました。数年後、全く元通りの社会に戻っていたなら、この記事はあまりに恥ずかしいので削除することにします。

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