【完全解説】ミル『自由論』- なぜ「他者危害原則」が現代社会の基盤になったのか?

哲学

今回も哲学書の解説シリーズです。今回は、ジョン・スチュアート・ミル自由論を取り上げます。この本は1859年、今から165年以上前に出版されました。著者のミルは19世紀イギリスを代表する哲学者で、「最大多数の最大幸福」という原理で知られる功利主義の思想家です。父は同じく哲学者のジェームズ・ミル。ジョンは幼少期から英才教育を受け、3歳でギリシャ語、8歳でラテン語を学んだと言われる天才でした。

はじめに

現代社会で私たちは日々、「自由」という言葉を使っています。しかし、その自由には不思議な境界線があることに気づいたことはないでしょうか。

例えば、SNS上で特定の個人に対する誹謗中傷は厳しく規制され、場合によっては法的責任を問われます。一方で、政府や権力者への批判は、どれほど辛辣であっても表現の自由として守られるべきだと考えられています。

あるいは、大麻などの薬物使用は、たとえ自分一人で自宅で行っても犯罪とされます。しかし、健康に悪いと分かっていても、タバコやアルコールの摂取は個人の自由として認められています。

さらに言えば、バイクに乗るときのヘルメット着用は法律で義務付けられています。これは自分の身を守るためのものですが、「自分の身体なのに、なぜ国家が命令できるのか」と疑問に思う人もいるでしょう。

これらの一見矛盾するようなルールは、いったいどのような原理に基づいているのでしょうか。そして、社会は個人の生き方や選択に対して、どこまで介入する権利を持っているのでしょうか。


実は、これらの問題を考える上で最も重要な思想的基盤となっているのが、今日ご紹介するジョン・スチュアート・ミルの『自由論』です。

この本は1859年、今から165年以上前に出版されました。著者のミルは19世紀イギリスを代表する哲学者で、「最大多数の最大幸福」という原理で知られる功利主義の思想家です。父は同じく哲学者のジェームズ・ミル。ジョンは幼少期から英才教育を受け、3歳でギリシャ語、8歳でラテン語を学んだと言われる天才でした。

しかし、『自由論』で彼が示したのは、単なる幸福の計算ではありません。個人の自由そのものの価値、そして社会が個人に介入できる限界について、明確な原則を打ち立てたのです。

この原則は「他者危害原則」と呼ばれ、現代の民主主義社会における自由の概念、人権思想、そして法律の基礎となっています。アメリカ合衆国憲法修正第一条の表現の自由、欧州人権条約、そして日本国憲法における基本的人権の考え方にも、この『自由論』の思想が深く影響しているのです。


150年以上前に書かれたこの本が、なぜ今でも読まれ続けるのか。それは、ミルが提起した問題が、まさに現代社会が直面している問題そのものだからです。

インターネットとSNSの発達によって、私たちはかつてないほど他人の生活や意見を目にするようになりました。それと同時に、異なる価値観や生き方に対する不寛容も増しています。「炎上」という現象は、まさにミルが警告した「多数者の専制」の現代版とも言えるでしょう。

また、テロ対策や感染症対策の名の下に、政府が個人の行動を制限する場面も増えています。安全のため、公共の利益のため、あるいは「あなた自身のため」という理由で、私たちの自由はどこまで制限されるべきなのか。これもまた、ミルが中心的に論じたテーマです。

さらに、多様性や包摂性が叫ばれる一方で、「ポリティカル・コレクトネス」の名の下に、言論が萎縮する現象も見られます。「言っていいこと」と「言ってはいけないこと」の境界はどこにあるのか。表現の自由と他者への配慮はどう両立するのか。これらも『自由論』が扱う核心的な問いです。

この記事を通じて、皆さんには単に古典哲学書の知識を得るだけでなく、自分自身の「自由」についての考えを深めていただきたいと思います。

あなたは他者の「変わった」生き方や意見を、どこまで許容できますか? 社会の「善意」による介入を、どこまで受け入れますか? そして、自由であるとは、本当はどういうことなのでしょうか?

ミルの『自由論』は、これらの問いに向き合うための、最良の道案内となるはずです。

それでは、19世紀ロンドンから始まった「自由」をめぐる思想の旅に、ご一緒しましょう。

イントロダクション – ミルが『自由論』を書いた理由

1. 時代背景

ミルが『自由論』を執筆した1850年代のイギリス社会は、人類史上かつてない変革の只中にありました。この時代背景を理解することが、なぜこの本が書かれる必要があったのかを知る鍵となります。

まず押さえておきたいのは、産業革命がもたらした社会構造の根本的変化です。18世紀後半から始まったイギリスの産業革命は、19世紀半ばには成熟期を迎えていました。蒸気機関の発明、工場制機械工業の発達、鉄道網の拡大。これらの技術革新は、単に経済を変えただけではありませんでした。人々の生活様式、価値観、そして社会の権力構造そのものを根底から変えたのです。

農村から都市への人口移動が加速し、ロンドン、マンチェスター、バーミンガムといった工業都市には膨大な労働者階級が形成されました。1851年のロンドン万国博覧会は、イギリスが「世界の工場」として絶頂期にあることを世界に示す場となりました。しかしその華やかさの影で、都市のスラムには貧困と劣悪な労働条件が広がっていたのです。

このような社会変動の中で、ミルが特に注目したのは「大衆社会の到来」という現象でした。以前の社会では、権力は明確に貴族や地主といった少数のエリート層に集中していました。しかし産業革命と都市化は、新しい社会階層を生み出しました。工場主や商人からなる中産階級の台頭、そして数の上で圧倒的多数を占める労働者階級の出現です。


この社会構造の変化と並行して、政治的変革も進行していました。イギリスでは1832年の第一次選挙法改正によって、選挙権が拡大されました。それまで貴族と大地主にほぼ限定されていた投票権が、都市の中産階級にも広がったのです。

1832年改正の時点では、まだ成人男性の約5人に1人程度しか選挙権を持っていませんでした。しかし重要なのは、民主化の流れが始まったという事実です。チャーティスト運動など、さらなる選挙権拡大を求める大衆運動も活発化していました。ミルが『自由論』を書いた1850年代は、まさに民主主義が拡大しつつある過渡期だったのです。

ここでミルが直面したのは、従来の政治思想とは異なる新しい問題でした。

それまでの自由主義思想、例えばジョン・ロックやトマス・ジェファーソンの思想は、主に「国家権力からの自由」を問題にしていました。専制君主や独裁者の恣意的な権力行使から、個人の権利をいかに守るか。これが古典的自由主義の中心課題だったのです。

アメリカ独立宣言やフランス人権宣言も、この文脈で理解できます。圧政を行う統治者に対して、人民は生まれながらの権利を持っており、政府はその権利を守るために存在する。もし政府がその役割を果たさないなら、人民には抵抗する権利がある。これが18世紀の革命思想でした。


しかしミルが見ていた19世紀半ばの社会では、状況が変わっていました。民主主義の拡大により、政府は次第に「人民の政府」になりつつありました。選挙で選ばれた代表が政治を行い、世論が政策に影響を与える。表面的には、これは自由の拡大を意味するように見えます。

ところがミルは、ここに新しい危険を見出したのです。それが「多数者の専制」(tyranny of the majority)という概念です。

この言葉は、実はミルのオリジナルではありません。フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルが1835年に出版した『アメリカのデモクラシー』で使った概念を、ミルは発展させたのです。トクヴィルはアメリカ社会を観察して、民主主義社会では多数派の意見が圧倒的な力を持ち、少数派を抑圧する危険があることを指摘しました。

ミルはこの洞察をイギリス社会に適用し、さらに深めました。彼が見たのは、民主主義社会では、法律や政府による強制だけでなく、もっと見えにくい形での自由の抑圧が起こるということでした。

具体的に言えば、社会的な圧力、世論の重み、「普通」や「常識」という名の同調圧力です。多数派が正しいとみなす意見、行動様式、生き方が、あたかも唯一の正解であるかのように社会を支配する。そして、それに従わない個人は、法律で罰せられるわけではなくても、社会的に排除され、非難され、孤立させられる。

ミルはこう書いています。「社会は、その命令を実行する手段として、政治的な機能を行使する役人の手に頼る必要はない。社会自身が専制者である。社会という集合体が、それを構成する個々の個人に対して専制者なのだ」と。


19世紀のイギリス社会では、この社会的圧力が特に強力でした。ヴィクトリア朝時代として知られるこの時期、中産階級の価値観が社会規範を支配していました。

勤勉、節制、道徳的な生活。日曜日の教会通い、家族の絆の重視、性的な慎み。これらは美徳として称賛されました。しかし同時に、それは強制でもありました。これらの規範に従わない者は、「不道徳」「怠惰」「非国民」とレッテルを貼られたのです。

例えば、日曜日に酒場で飲酒することは法律で禁止されていませんでしたが、社会的には強く非難されました。結婚前の性行為は、特に女性にとっては社会的地位を完全に失う行為とみなされました。離婚は法的には可能でしたが、実際には社会的なスキャンダルとなり、特に女性は社会から排除されました。

また、服装や言葉遣い、趣味嗜好に至るまで、「上品な人々」に相応しいとされる基準があり、それに従うことが暗黙のうちに求められました。貧しい労働者階級の人々も、「立派な労働者」になるためには、中産階級の価値観を内面化することが期待されたのです。

ミルが特に危惧したのは、このような社会的圧力が個人の内面にまで入り込むことでした。人々は外から強制されるだけでなく、自ら進んで「普通」であろうとし、「変わったこと」を避けるようになります。独自の考えを持つこと、少数派の意見を表明すること、人と違う生き方を選ぶことが、次第に困難になっていく。


さらにミルが観察したのは、メディアの発達がこの傾向を加速させているという事実でした。19世紀半ばには、新聞の発行部数が飛躍的に増加し、識字率の向上とともに、大衆が「世論」を形成する時代が到来していました。

新聞は情報を広めるだけでなく、何が「正しい」か、何が「許されない」かについての判断を人々に提供しました。そして新聞は、当然ながら多数派の意見、売れる意見に傾きがちでした。少数派の声、異端の思想は、紙面から排除されるか、嘲笑の対象とされました。

ミルは、鉄道の発達によって地域の違いが均質化されていくことにも注目しました。かつては、イギリス国内でも地域ごとに異なる習慣や価値観が存在していました。しかし交通網の発達により、ロンドンを中心とする「標準的」な文化が全国に広がっていったのです。

こうした画一化の傾向を、ミルは深く懸念しました。彼が『自由論』の第3章で引用するドイツの思想家ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの言葉が、彼の危機感を表しています。「人間の発展に絶対的かつ本質的に重要なものは、個性の最高かつ最も調和のとれた発展である」。

ところが、大衆社会化と民主化が進む19世紀のイギリスでは、この個性が脅かされていました。国王や貴族による専制ではなく、「平均的な人間」の意見と好みが社会を支配する。そして多くの人々が、自分で考えることをやめ、多数派に従うことを選ぶ。


ミルはまた、中国の例を引いて警告を発しています。かつて世界で最も進んだ文明を持っていた中国が、なぜ停滞してしまったのか。ミルの分析では、それは慣習と伝統が絶対視され、個性と創意工夫が抑圧されたからだと考えられました。

「もしヨーロッパが同じ道をたどるなら」とミルは警告します。「もし個性が失われ、すべての人が同じ考え方、同じ感じ方をし、同じことを好み、同じことを願うようになれば、ヨーロッパもまた停滞するだろう」と。

この警告は、産業革命の成功に酔いしれていた当時のイギリス社会にとって、耳の痛いものだったでしょう。しかしミルは確信していました。社会の進歩は、異端者、変人、天才、つまり「普通」ではない人々によってもたらされるのだと。


さらに付け加えるなら、ミルが『自由論』を書いた時期は、イギリス帝国が絶頂期に向かう時代でもありました。インド、アフリカ、東南アジアへの植民地支配が拡大し、「白人の使命」(White Man’s Burden)というイデオロギーが広まっていました。

これは、文明化された白人が「未開」の人々を導く義務があるという考えです。言い換えれば、「優れた」文明が「劣った」文明に介入し、改善することは正当だという思想です。

ミル自身、イギリス東インド会社で長年働き、インド統治に関わっていました。そして実際、『自由論』の中でも、彼の原則は「文明化された」社会にのみ適用され、「未開社会」は例外だと述べています。これは現代の視点からは明らかに問題のある見解ですが、当時の時代的限界を示しています。

しかし重要なのは、ミルがヨーロッパ社会内部における多様性の抑圧に対しては、極めて鋭敏だったということです。植民地主義への批判的視点は持ち得なかった彼も、自らの社会における「文明化」という名の画一化については、強く警告を発したのです。

2. ミルの問題意識

このような時代背景を踏まえて、ミルが『自由論』で取り組もうとした核心的な問題を見ていきましょう。

ミルは冒頭で、この本のテーマを明確に述べています。それは「市民的自由、あるいは社会的自由の本質と限界について」、つまり「社会が個人に対して正当に行使できる権力の本質と限界について」論じることだと。

この問いの立て方自体が革新的でした。従来の政治哲学が「国家権力の限界」を問題にしていたのに対し、ミルは「社会の権力の限界」を問うたのです。

彼はこう書いています。「自由に対する脅威は、もはや政治的支配者からだけ来るのではない。社会それ自体が専制者となりうる。そして社会の専制は、多くの政治的抑圧よりも恐ろしい。なぜなら、それは法律という形をとらないことが多く、したがって逃れる手段が少ないからだ。社会の専制は、日常生活の細部にまで浸透し、魂そのものを奴隷化する」と。


具体的にミルが問題視したのは、次のような事例です。

ある人が、日曜日に自宅で静かに酒を飲んでいる。誰にも迷惑をかけていない。しかし、禁酒運動の活動家たちは、これを法律で禁止すべきだと主張する。なぜなら、飲酒は不道徳であり、そのような行為を社会が許すべきではないからだ、と。

あるいは、ある人が慣習的な結婚制度に疑問を持ち、異なる形の男女関係を模索している。これも誰も直接的には他人に害を与えていない。しかし社会は、これを「スキャンダル」として非難し、その人を社交界から排除する。

さらには、ある思想家が、キリスト教の教義に疑問を呈する本を出版する。暴力を煽っているわけではなく、理性的な議論を展開しているだけだ。しかし、多数派の宗教感情を害したとして、その人は社会的に攻撃され、場合によっては冒涜罪で訴追される危険すらある。

これらすべてのケースで、ミルが問うのは同じ問いです。「社会は、このような介入をする権利を持っているのか?」と。


ミルの答えは明確でした。社会が個人に介入できるのは、その人の行為が他者に明確な危害を及ぼす場合のみである。自分自身にのみ関わる事柄については、個人の主権は絶対である、と。

これが「他者危害原則」の核心です。しかしミルは、この原則を単に宣言するだけでは不十分だと考えました。なぜこの原則が正しいのか、なぜ社会は個人の自己決定を尊重しなければならないのか、これを論証する必要があったのです。

そしてここで重要なのは、ミルが功利主義者でありながら、単純な功利主義的論証に頼らなかったことです。彼の師であり父の友人でもあったジェレミー・ベンサムは、「最大多数の最大幸福」という原理を掲げ、あらゆる行為や制度をその結果がもたらす幸福の総量で評価すべきだと主張しました。

この論理に従えば、もし多数派が少数派の生き方を禁止することで幸福を感じるなら、それは正当化されることになってしまいます。100人が喜び、1人が苦しむなら、全体としては幸福が増大する、と。

しかしミルは、このような単純な幸福計算を拒否しました。彼にとって、個人の自由は単なる手段ではなく、それ自体が人間の幸福と尊厳にとって本質的なものだったのです。


ここでミルの思想形成において決定的な影響を与えた人物について触れなければなりません。それが、ハリエット・テイラーです。

ハリエット・テイラーは、ミルが20代前半の時に出会った女性です。当時、彼女は薬剤師ジョン・テイラーと結婚していましたが、知的に満たされない結婚生活に不満を抱いていました。ミルとハリエットは深い精神的な絆で結ばれ、20年以上にわたって親密な関係を保ちました。

1849年にジョン・テイラーが亡くなると、ミルとハリエットは1851年に結婚します。しかし、その幸せな期間は短く、ハリエットは1858年に結核で亡くなりました。『自由論』が出版されたのは、その翌年1859年のことです。

ミルは『自由論』の冒頭に、ハリエットへの献辞を掲げています。この献辞は、単なる形式的なものではありません。ミルの思想形成におけるハリエットの役割を理解する上で、極めて重要な文章です。

ミルはこう書いています。「この書を、愛する記憶と、悲しまれるべき友人に捧げる。彼女は、この書に含まれる真理の着想者であり、その多くの部分の著者であった。彼女の高く明晰な知性がなければ、この書は存在しなかっただろう」と。


このミルの言葉を、単なる夫の賛辞として片付けることはできません。実際、ハリエット・テイラーは独自の思想家でした。彼女は女性の権利について、当時としては極めて先進的な主張を展開していました。

1851年に発表された論文「女性の解放」で、ハリエットは女性への教育機会の提供、職業選択の自由、選挙権の付与を主張しました。これは、女性が法的にも社会的にも男性の従属物とみなされていた時代における、革命的な主張でした。

ミルの『自由論』における個性の重視、慣習や社会的圧力への批判は、ハリエットとの対話から生まれたものだとミル自身が認めています。女性として、社会の慣習と偏見に苦しんだハリエットの経験が、ミルの思想に深い影響を与えたのです。

特に、『自由論』が強調する「生きた真理」と「死んだドグマ」の区別、形式的に受け入れられているだけの真理への批判は、ハリエットの洞察だったとされています。社会が「女性はこうあるべき」という規範を押し付け、女性自身がそれを疑問に思わなくなる。このような内面化された抑圧への批判が、『自由論』の核心にあります。


ミルとハリエットの関係自体が、当時の社会規範への挑戦でした。既婚女性と独身男性が親密な関係を持つこと自体、スキャンダルとみなされました。二人は実際に社交界から冷たい目で見られ、ミルの友人の中にもこの関係を批判する者がいました。

しかしミルは、社会の偏見に屈しませんでした。そして、この経験が『自由論』の問題意識を深めたことは間違いありません。愛する人との関係を、他者が「不適切」と判断することの不当性。自分たちの生き方を、社会の慣習に合わせることを強制されることの苦痛。これらは、ミルにとって抽象的な哲学問題ではなく、自らが体験した現実だったのです。

ハリエットの死後、ミルは彼女が埋葬されたフランスのアヴィニョンに家を購入し、晩年の多くをそこで過ごしました。そして『自由論』出版後も、『女性の従属』(1869年)を著し、女性参政権の実現に向けて尽力しました。これらすべてが、ハリエットとの共同作業の継続だったのです。


ミルの問題意識をまとめるなら、それは次のようになります。

第一に、自由への脅威は、もはや国家権力からだけではなく、社会そのものから来る。世論、慣習、「普通」という名の圧力が、個人の自由を抑圧する。

第二に、民主主義社会では、多数派の専制という新しい形の抑圧が生まれる。多数派が少数派の生き方や意見を抑圧することは、王や貴族による専制と同じく不当である。

第三に、個人の自由は、単に放っておかれることではなく、積極的に個性を発展させることを含む。社会は、多様性と独創性を尊重し、奨励しなければならない。

第四に、これらの原則は、抽象的な権利論ではなく、人間の幸福と社会の進歩にとって実質的に重要である。画一化された社会は停滞し、自由で多様な社会こそが繁栄する。


そして最後に、ミルが『自由論』で提示しようとしたのは、明確な原則でした。「社会は個人にどこまで介入できるのか?」という問いに対する、判断基準です。

この原則がなければ、あらゆることが場当たり的な判断に委ねられます。ある時は自由が認められ、ある時は制限される。多数派の気分次第で、少数派の権利が侵害される。これでは真の自由は守れません。

ミルが目指したのは、時代や場所を超えて適用できる、普遍的な原則でした。そしてその原則こそが、次章で詳しく見ていく「他者危害原則」なのです。

19世紀イギリスという特定の時代と場所で書かれた『自由論』が、なぜ21世紀の今日でも読まれ続けるのか。それは、ミルが直面した問題が、本質的には今日の私たちが直面している問題と同じだからです。

SNSでの炎上、ポリティカル・コレクトネスをめぐる論争、マイノリティの権利、表現の自由の限界。これらはすべて、「社会は個人にどこまで介入できるのか?」という、ミルの問いの現代版なのです。

それでは次章で、ミルが提示した答え、「他者危害原則」の詳細を見ていきましょう。

核心原理 – 「他者危害原則」とは何か

1. 自由の原則の定式化

『自由論』の第1章で、ミルは彼の思想の核心となる原則を提示します。この原則は後に「他者危害原則」(Harm Principle)と呼ばれるようになり、現代のリベラリズムの基礎となりました。

ミル自身の言葉で、この原則を見てみましょう。

「この論文の目的は、きわめて単純な一つの原則を主張することである。この原則は、強制や統制という形であれ、物理的な力の行使であれ、世論という道徳的圧力であれ、社会が個人に対して行使する権力を、絶対的に支配する資格がある」

そしてミルは続けます。

「その原則とは、人類が、個人的にせよ集団的にせよ、誰かの行動の自由に正当に干渉できる唯一の目的は、自己防衛である。文明社会の成員に対して、彼の意志に反して、権力を正当に行使できる唯一の目的は、他者への危害を防止することである。本人自身の利益は、物質的なものであれ精神的なものであれ、十分な正当化理由にはならない」

この一節は、『自由論』全体の中で最も重要な部分です。一文一文を丁寧に読み解いていきましょう。


まず「唯一の目的は自己防衛である」という部分です。ここでの「自己防衛」とは、社会が自らを守ること、つまり社会の構成員である他者を危害から守ることを意味します。

重要なのは「唯一の」という限定です。ミルは、他者危害の防止だけが、社会が個人に介入できる理由だと主張しています。他のいかなる理由も、たとえそれがどれほど善意に基づいていても、どれほど多数派に支持されていても、正当化理由にはならないのです。

次に注目すべきは「彼の意志に反して、権力を正当に行使できる唯一の目的は、他者への危害を防止することである」という部分です。

「彼の意志に反して」という条件が重要です。もし本人が同意しているなら、それは強制ではありません。ミルが問題にしているのは、本人が望まないにもかかわらず、社会が介入することの正当性です。

そして「他者への危害」という概念が、この原則の核心です。しかし「危害」とは何を意味するのでしょうか。これは実は複雑な問題です。


ミルは「危害」(harm)を、単なる不快感や気分を害されることとは区別しています。

例えば、ある人が自分とは異なる宗教を信じている、あるいは無神論者である。このことが、敬虔な信者の気分を害するかもしれません。あるいは、ある人が派手な服装をしている、奇抜な髪型をしている。これが、保守的な人々の美的感覚を害するかもしれません。

しかしミルによれば、これらは「危害」には当たりません。なぜなら、誰の権利も侵害されていないからです。単に誰かの感情が傷ついた、誰かの価値観に合わないというだけでは、介入の理由にはならないのです。

では、ミルが考える「危害」とは何か。それは、他者の利益(interests)を実質的に損なうこと、あるいは他者の権利を侵害することです。

具体例で考えてみましょう。

ある人が自宅で大音量で音楽を流す。これが隣人の安眠を妨げるなら、それは危害です。なぜなら、隣人には静かな環境で休息する権利があり、その権利が侵害されているからです。

ある人が嘘の情報を流して他者を騙し、金銭を奪う。これは明白な危害です。詐欺の被害者の財産権が侵害されています。

ある人が暴力を振るって他者を傷つける。これも当然、危害です。身体の安全という基本的な権利の侵害です。


しかし次の一文が、さらに重要です。「本人自身の利益は、物質的なものであれ精神的なものであれ、十分な正当化理由にはならない」

これは何を意味するのでしょうか。

社会は、「あなた自身のため」という理由で、個人に介入することはできない、ということです。たとえその介入が本当に本人の利益になるとしても、本人が望まない限り、強制することは許されないのです。

これは「パターナリズム」(父権主義、家父長主義)の拒否として知られています。パターナリズムとは、親が子どものために良かれと思って介入するように、権威が個人の利益のために介入することです。

具体例を見てみましょう。

ある人がオートバイに乗る時、ヘルメットを着用しない。これは危険であり、本人が怪我をする可能性が高い。だから法律でヘルメット着用を義務付けるべきだ、という議論があります。

しかしミルの原則に従えば、これは正当化されません。なぜなら、ヘルメットを着用しないことで危害を受けるのは本人だけであり、他者は危害を受けないからです。

「でも、本人が事故で重傷を負えば、医療費が社会の負担になる。だから他者にも影響がある」という反論があるかもしれません。これは確かに一つの論点ですが、ミルならこう答えるでしょう。それは間接的で、あまりに拡大解釈された「危害」だと。もしこれが認められるなら、あらゆる自己に関する行為が「社会的コスト」という理由で規制できることになってしまいます。


ミルはさらに続けます。

「ある人に、こうした方があなたにとって良い、こうした方があなたを幸せにする、こうした方が賢明だ、こうした方が正しい、と告げることは正当である。これらは、彼に向かって主張し、説得し、懇願する十分な理由である。しかし、そうしなければ彼を強制したり、そうしなかったからといって彼に何らかの悪を加えたりする理由にはならない」

この区別は極めて重要です。ミルは、他者に忠告すること、説得すること自体は否定していません。むしろ、自由な社会では、人々は互いに意見を交換し、より良い生き方について議論すべきだと考えています。

しかし、説得と強制の間には決定的な違いがあります。説得は、最終的な決定を本人に委ねます。強制は、本人の意志を無視して、行動を変えさせます。

ミルによれば、成熟した大人は、たとえ間違った選択をする可能性があっても、自分の人生について自分で決定する権利を持っています。そして、この自己決定権こそが、人間の尊厳の核心なのです。


次にミルは、自由の領域を明確に定義します。

「自己に関わることにおいて、個人の独立は、権利上、絶対的である。自分自身に対して、自分の身体と精神に対して、個人は主権者である」

この「自己に関わること」(self-regarding actions)という概念が、ミルの理論の鍵となります。

自己に関わる行為とは、その帰結が主として本人にのみ影響する行為です。他者に影響しない、あるいは影響があっても間接的で軽微な行為です。このような行為については、個人は完全に自由です。

例えば、何を食べるか、何を飲むか、どのような趣味を持つか、どのような服を着るか、どのような宗教を信じるか(あるいは信じないか)、どのような職業を選ぶか、独身でいるか結婚するか。これらはすべて、基本的には自己に関わることです。

対照的に「他者に関わること」(other-regarding actions)とは、その帰結が他者に実質的な影響を与える行為です。他者の権利や利益を侵害する可能性がある行為です。このような行為については、社会は介入する権利を持ちます。

例えば、暴力、窃盗、詐欺、名誉毀損、契約違反。これらは他者に危害を与える行為であり、法律で禁止し、処罰することが正当化されます。


しかし、ミルも認めているように、この区別は常に明確なわけではありません。多くの行為は、自己に関わる側面と他者に関わる側面の両方を持っています。

例えば飲酒を考えてみましょう。自宅で一人で適度に飲酒することは、基本的に自己に関わる行為です。しかし、過度の飲酒によって暴力的になり家族を傷つけるなら、それは他者に関わる行為になります。あるいは、飲酒運転は、他者の生命を危険にさらす行為であり、明白に他者に関わります。

ミルの原則は、飲酒そのものを禁止することはできないが、飲酒に関連する他者危害行為は禁止できる、ということです。飲酒運転の禁止は正当ですが、飲酒そのものを法律で禁じることはできません。

あるいは、ある人が破産するまでギャンブルに耽溺したとします。これ自体は自己に関わる行為です。しかし、その人に扶養義務のある子どもがいて、子どもの生活が脅かされるなら、それは他者に関わる問題になります。ミルの原則では、ギャンブル自体は禁止できませんが、子どもへの扶養義務の履行は社会が強制できます。


ミルはまた、言論と行為の区別についても触れています。

「意見は、それが単なる意見として表明される限り、処罰を免れるべきであるが、その意見の表明がある悪しき行為への確実な扇動となる状況においては、処罰から免れるべきではない」

ミルは有名な例を挙げています。

「穀物商は民衆の飢えによって利益を得る者だという意見は、新聞で主張される場合は干渉されるべきではない。しかし、興奮した群衆が穀物商の家の前に集まっている時に、同じ意見をプラカードで掲げる場合は、処罰されても当然である」

なぜこの区別があるのか。それは、後者の場合、意見の表明が即座に暴力行為につながる可能性が高いからです。つまり、純粋な言論ではなく、危害を引き起こす行為の一部となっているのです。

しかし、この境界線は曖昧です。どこから「扇動」になり、どこまでが「意見の表明」なのか。これは現代でも議論が続いている難問です。ヘイトスピーチ、テロの扇動、暴動の煽動といった問題で、私たちは今もこの境界線を引こうと格闘しています。

2. 3つの自由領域

他者危害原則を提示した後、ミルは特に重要な3つの自由領域を明示します。これらは、文明社会においては絶対に保護されなければならない領域だとミルは主張します。


第一の領域:内面の自由

ミルはこう書いています。

「第一に、内面の領域における自由。良心の自由を、その最も包括的な意味で。思想と感情の自由を、絶対的に。あらゆる主題、実践的なものであれ、思弁的なものであれ、科学的、道徳的、神学的なものであれ、意見と感情を持つことと表明することの自由」

この第一の自由が最も基礎的です。なぜなら、人間が人間であるための根本は、考える能力にあるからです。

良心の自由とは、何が正しく何が間違っているかについて、自分で判断する自由です。社会や権威が定めた道徳を、無批判に受け入れることを強制されない自由です。

思想の自由とは、あらゆることについて自由に考える権利です。宗教、政治、道徳、科学。どのような問題についても、たとえその結論が多数派に不快であっても、自由に思索する権利です。

感情の自由とは、自分がどう感じるかを自分で決める権利です。社会が「これを好むべきだ」「これを嫌悪すべきだ」と命令することはできません。

そして重要なのは、意見と感情を「表明する」自由も含まれていることです。内心で何を考えても自由だが、それを口に出してはいけない、というのでは真の自由ではありません。思想の自由は、表現の自由を必然的に含むのです。

ミルは、言論の自由の重要性をあまりに強調したため、『自由論』の第2章全体を、思想と言論の自由の擁護に費やしています。これについては次章で詳しく見ますが、ここで重要なのは、内面の自由が他の一切の自由の基礎だということです。

考える自由がなければ、選択する自由も意味を持ちません。自分で考え、判断し、感じることができて初めて、人は真に自由な選択をすることができます。そしてその考えを表明し、他者と議論することで、人間は真理に近づき、より良い判断ができるようになるのです。


第二の領域:嗜好と追求の自由

ミルは続けます。

「第二に、嗜好と追求の自由。自分自身の性格に合った形で、自分の人生を計画する自由。他者に危害を及ぼさない限り、私たちの仲間がその行為を愚かで、間違っていて、悪いと考えたとしても、その帰結を受け入れて、私たちが好むように行動する自由」

この第二の自由は、生き方の選択の自由と言えるでしょう。どのような人生を送るかを、自分で決定する権利です。

「自分自身の性格に合った形で」という表現が重要です。人間は一人ひとり異なっています。性格、才能、価値観、望み。これらすべてが多様です。したがって、すべての人に適合する単一の生き方など存在しません。

ある人にとっては理想的な生活が、別の人にとっては苦痛かもしれません。ある人は活動的で社交的な生活を好み、別の人は静かで孤独な生活を好むかもしれません。ある人は富と名声を追求し、別の人は質素で平凡な生活を選ぶかもしれません。

ミルの主張は、これらのどれが「正しい」生き方かを、社会が決めることはできない、ということです。各人が、自分の性格と状況に照らして、自分にとって最善の生き方を選ぶ権利を持っているのです。

「嗜好」という言葉も注目に値します。これは、趣味、好み、楽しみ方を意味します。何を食べるか、何を飲むか、どのような娯楽を楽しむか、どのように余暇を過ごすか。これらはすべて個人の選択に委ねられるべきです。

「追求」という言葉は、より長期的な目標や人生計画を指します。どのような職業を選ぶか、どこに住むか、結婚するかしないか、子どもを持つか持たないか。これらの重大な人生の決定も、個人の自由な選択であるべきです。


そしてミルは重要な条件を付け加えます。「他者に危害を及ぼさない限り」と。

これが他者危害原則の再確認です。生き方の自由は絶対的ですが、それは他者の権利を侵害しない限りにおいてです。

さらにミルは、こうも言います。「私たちの仲間がその行為を愚かで、間違っていて、悪いと考えたとしても」

これが決定的に重要です。他者が私たちの選択を愚かだと思っても、間違っていると思っても、道徳的に悪いと思っても、それだけでは介入の理由にはならないのです。

なぜなら、何が愚かで何が賢明かの判断は、人によって異なるからです。ある人が「愚か」とみなす行為が、本人にとっては意味があるかもしれません。そして何より、たとえ本当に愚かな選択であっても、それは本人が責任を負うべき事柄なのです。

ミルはこの点を強調します。「その帰結を受け入れて」と。自由には責任が伴います。自分の選択の結果、良いことが起きても悪いことが起きても、それは自分で引き受けなければなりません。

しかし、だからこそ自由は価値があるのです。自分の人生を自分で切り開く。失敗するかもしれないが、それも含めて自分の人生である。この自己決定と自己責任こそが、人間の尊厳の核心だとミルは考えています。


第三の領域:結社の自由

そしてミルは第三の自由を挙げます。

「第三に、個々人のこの自由から、同じ限界内で、すなわち他者に危害を及ぼさない限りにおいて、個人が団結する自由が派生する。人々が、追求する目的が自己と他の参加者に危害を与えず、また参加する人々が成人であり、強制や欺瞞によってではない限り、いかなる目的のためであれ、団結する自由である」

結社の自由とは、個人が集まって組織や団体を作る自由です。これは個人の自由の自然な延長です。なぜなら、多くの目的は、個人単独では達成できず、他者との協力を必要とするからです。

例えば、同じ宗教を信じる人々が教会を作る。同じ政治的意見を持つ人々が政党を結成する。同じ趣味を持つ人々がクラブを作る。労働者が労働組合を結成する。これらはすべて結社の自由の行使です。

ミルが条件として挙げているのは、まず「他者に危害を及ぼさない限り」という一般原則です。犯罪を目的とする組織や、他者の権利を侵害することを目的とする団体は、当然認められません。

次に「参加する人々が成人であり」という条件があります。子どもは、自己決定能力がまだ発達していないため、この自由の完全な享受者ではありません。

そして「強制や欺瞞によってではない」という条件です。つまり、本人の自由な同意に基づいた参加でなければならないということです。脅迫されて参加させられたり、騙されて参加させられたりした場合は、真の自由な結社ではありません。


この第三の自由が重要なのは、個人の力が限られているからです。一人の人間ができることには限界があります。しかし、同じ目的を持つ人々が力を合わせることで、より大きなことを成し遂げられます。

また、結社の自由は、権力に対抗する上でも重要です。個人が孤立していれば、国家権力や多数派の圧力に抵抗することは困難です。しかし、少数派が団結することで、自分たちの権利を主張し、保護することができます。

ミルの時代には、労働組合が結成され始めていました。個々の労働者は弱い立場にありますが、組合を通じて団結することで、雇用者と対等に交渉できるようになります。これは結社の自由の重要な例です。

あるいは、少数派の宗教団体や政治団体が、結社の自由によって保護されます。多数派は、自分たちと異なる意見や信仰を持つ人々が組織を作ることを好まないかもしれません。しかし、結社の自由がある限り、少数派も団結し、自分たちの声を届けることができます。


ミルはこの3つの自由をまとめて、こう述べます。

「これらの自由を持たない社会は、その政治形態がどうであれ、自由ではない。そしてこれらの自由が絶対的かつ限定なしに存在しない限り、その社会は完全に自由とは言えない」

この文は、ミルの立場の強さを示しています。彼にとって、これらの自由は妥協できないものです。部分的にではなく、完全に保障されなければならないのです。

「その政治形態がどうであれ」という一節も重要です。たとえ民主主義国家であっても、これらの自由が保障されていなければ、真に自由な社会とは言えません。多数派が支配する民主主義でも、少数派のこれらの自由を侵害するなら、それは「多数者の専制」なのです。

逆に、もし独裁的な政府であっても、これらの自由を尊重するなら(実際にはありえないことですが、理論上は)、その社会には一定の自由があると言えます。つまり、自由を測る尺度は、政治制度の形式ではなく、これらの基本的自由が実際にどれだけ保障されているかなのです。

3. 原則の適用条件

ミルは、自分の原則が無条件に適用されるわけではないことを明確にしています。ここで彼が設定する制限は、現代の視点から見ると問題を含んでいますが、当時の思想の文脈では重要な意味を持っていました。


ミルはまずこう述べます。

「これまで述べてきたことが適用されるのは、成熟した能力を持つ人間に対してのみであることは、言うまでもない。私たちは、まだ法律が成人と定める年齢に達していない子どもや若者については語っていない。法律や他者の保護を必要とする状態にある者は、外部からの危害に対してと同様に、自分自身の行為からも保護されなければならない」

この制限は理解しやすいでしょう。子どもは、まだ十分な判断能力を持っていません。自分の行為の結果を完全に理解できず、長期的な視点で考えることも困難です。したがって、子どもには完全な自由を認めることはできません。

子どもに対しては、親や保護者が、そして場合によっては国家が、パターナリスティックに介入する権利を持ちます。子どもが危険なことをしようとする時、たとえ本人が望んでいても、それを止めることは正当化されます。

これは教育にも当てはまります。子どもは、自分が教育を受けたいかどうかを決める完全な自由を持ちません。親には子どもを教育させる義務があり、国家はそれを強制できるとミルは後に主張します。

しかし、ここで注意すべきは、いつ人は「成熟した能力」を持つようになるのか、という問題です。法律が定める成人年齢は、ある種の社会的取り決めです。18歳、20歳、21歳など、社会によって異なります。しかし、人間の発達には個人差があります。

ミルの原則は、ある特定の年齢に達したら自動的に完全な自由を持つということではなく、判断能力が発達した人間に対して適用されるということです。しかし実際上、社会はどこかに線を引かなければならず、それが成人年齢という制度になっています。


より問題なのは、ミルの次の制限です。

「同じ理由から、私たちは、社会がまだ自由な平等な議論によって改善される段階に達していない、後進的な状態にある社会については考慮の外に置いても良い。人類が相互の自由な平等な議論によって改善される能力を獲得する以前の初期の困難は、独立の権利そのものによって克服されねばならない。そして、人類を改善する手段として適したものなら何でも使うことが、この目的を達成しようとする支配者によって正当化される」

この一節は、現代の読者には極めて不快に響くでしょう。ミルは、「後進的な状態にある社会」「未開社会」には、自由の原則が適用されないと言っているのです。

そしてさらに問題なのは、そのような社会に対しては「専制」すら正当化されうるという含意です。「独立の権利そのものによって克服されねばならない初期の困難」という言い方は、つまり、自由を与える前に、まず「文明化」する必要がある、ということです。

これは明らかに、19世紀ヨーロッパの植民地主義を正当化する論理です。ヨーロッパの列強は、アジア、アフリカ、アメリカ大陸を植民地化していました。そしてその正当化として使われたのが、「白人の使命」という思想でした。つまり、文明化された白人が、未開の人々を導き、教化する義務があるという考えです。

ミル自身、イギリス東インド会社で働き、インド統治に関わっていました。彼はインドをヨーロッパの植民地支配の下に置くことを、ある程度正当だと考えていたのです。


ここで私たちは、ミルの思想の限界を認識する必要があります。彼は自分の社会内部における自由と多様性については、極めて先進的で寛容な立場を取りました。しかし、ヨーロッパ社会と非ヨーロッパ社会の間には、階層的な差異があると考えていました。

これは文化的帝国主義であり、人種主義的な偏見を含んでいます。「文明」と「未開」という二分法そのものが、ヨーロッパ中心主義的な価値判断に基づいています。

現代の私たちは、すべての文化が固有の価値を持ち、「文明」と「未開」という単純な序列で測ることはできないことを理解しています。また、いかなる社会の人々も、基本的人権を持つという普遍主義的な立場が、現代では広く受け入れられています。

国際連合の世界人権宣言(1948年)は、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である」と宣言しています。この「すべての人間」には、文化や発展段階による例外はありません。


しかし、ミルを完全に否定することも公正ではありません。いくつかの点を考慮する必要があります。

第一に、ミルは彼の時代の子でした。19世紀半ばのヨーロッパでは、進化論的な歴史観が支配的でした。人類社会は「野蛮」から「未開」を経て「文明」へと段階的に進歩するという考えが、当時の知識人の常識だったのです。ミルもこの思想的枠組みから完全に自由ではありませんでした。

第二に、ミルの主要な関心は、ヨーロッパ社会内部における自由の問題でした。彼が戦っていた相手は、ヨーロッパの多数派による少数派への抑圧でした。植民地の問題は、彼の思想の中心的課題ではなかったのです。

第三に、興味深いことに、ミルは後年の著作『女性の従属』(1869年)では、より普遍主義的な立場を取っています。女性の権利について論じる中で、彼は性別に基づく差別を厳しく批判し、すべての人間の平等を強調しました。これは、彼の思想がより包括的な方向に発展していたことを示唆しています。

第四に、そして最も重要なことは、ミルの他者危害原則そのものは、その適用範囲を限定した彼自身の主張に縛られる必要はない、ということです。原則の論理的妥当性と、その創始者の個人的偏見は、分けて考えることができます。


実際、他者危害原則は、ミルが例外としたものにも適用できる普遍的な原則です。

子どもについても、発達段階に応じて、徐々に自由を拡大していくという考え方が可能です。3歳の子どもと15歳の若者では、判断能力が大きく異なります。年齢に応じた段階的な自由の承認というモデルは、ミルの原則と矛盾しません。

また、異なる文化圏についても、他者危害原則は適用可能です。ある文化の慣習や価値観が別の文化と異なるとしても、他者に危害を与えない限り尊重されるべきだ、という主張は、まさにミルの原則の精神に合致します。

むしろ、ミルが「未開社会」への例外を設けたことは、彼自身の原則との矛盾です。もし内面の自由、生き方の選択の自由、結社の自由が人間の尊厳にとって本質的なものであるなら、それはすべての人間に当てはまるはずです。

現代の人権思想は、この方向でミルの思想を発展させました。彼の原則の普遍性を認めつつ、彼自身が設けた恣意的な制限を取り除いたのです。


ミルの原則の適用条件について、もう一つ重要な点があります。それは「成熟した能力」という概念が、単に年齢や文化だけでなく、精神的な能力にも関わるということです。

ミルは直接的には論じていませんが、彼の論理からすれば、重度の精神障害を持つ人々など、自己決定能力が著しく制限されている人々についても、特別な配慮が必要だということになります。

しかし、ここでも現代の私たちは、ミルの時代よりも慎重です。かつては、精神障害や知的障害を持つ人々は、ほぼ自動的にパターナリスティックな管理の対象とされました。しかし現代では、障害を持つ人々の自己決定権をできる限り尊重し、必要最小限の介入にとどめるという考え方が主流です。

国連の障害者権利条約(2006年)は、障害者の法的能力を認め、意思決定支援の重要性を強調しています。これは、ミルの原則をより包括的に適用しようとする試みと言えるでしょう。


ミルの原則とその適用条件をまとめるなら、次のようになります。

核心原則:他者に危害を及ぼさない限り、個人は完全に自由である。社会が個人に介入できるのは、他者への危害を防止する場合のみである。

3つの基本的自由:内面の自由(良心、思想、感情の自由)、嗜好と追求の自由(自分の人生を計画する自由)、結社の自由(他者と団結する自由)。

適用条件:成熟した判断能力を持つ人間に適用される。子どもなど、まだこの能力を十分に発達させていない者は例外。

時代的限界:ミル自身は「未開社会」への適用を留保したが、これは彼の時代の偏見を反映しており、原則の普遍的な論理とは矛盾する。


この原則は、シンプルに見えて、実は極めて深遠な含意を持っています。

まず、個人の自由を正当化する根拠として、他者への危害の有無という客観的基準を提示しました。「多数派がそれを嫌っているから」「伝統に反するから」「神の意志に反するから」といった主観的な理由では、自由を制限できないのです。

次に、自己決定権を人間の尊厳の中核に置きました。たとえ本人のためであっても、本人の意思に反する介入は正当化されません。人間は自分の人生の主人公であり、他者はそれを尊重しなければならないのです。

さらに、多様性と個性を積極的に価値あるものとしました。単に異なる生き方を「我慢する」だけでなく、多様性こそが社会の豊かさであり、進歩の源泉だと主張したのです。

そして、自由と責任を結びつけました。自由に選択する権利は、その選択の結果に責任を負うことと表裏一体です。社会が個人を守りすぎることは、かえって人間を未熟な状態に留めることになります。


しかし、この原則は多くの疑問も生み出します。

自己と他者の境界はどこにあるのか? すべての行為は何らかの形で他者に影響します。完全に「自己にのみ関わる」行為など、本当に存在するのでしょうか?

危害とは何か? 物理的な危害だけを意味するのか、それとも心理的・精神的な危害も含むのか? 誰かの宗教感情を傷つけることは危害なのか?

間接的な危害はどうか? ある人の自己破壊的な行動が、家族や友人に心理的苦痛を与える場合、それは他者への危害と言えるのか?

自由は常に優先されるべきなのか? 平等や連帯といった他の価値と衝突する場合、どう調整すべきなのか?

これらの問いに、ミルは部分的にしか答えていません。そして、150年以上経った今でも、私たちは答えを模索し続けています。

しかし、だからこそミルの原則は重要なのです。それは完成された教義ではなく、議論の出発点です。自由と権威の境界について考える時、私たちはいつもこの原則に立ち戻り、そこから思考を始めることができるのです。

次章では、ミルが最も力を入れて論じた思想と言論の自由について、詳しく見ていきます。なぜ表現の自由は特別に重要なのか、そしてその限界はどこにあるのか。ミルの議論は、SNS時代の今日にこそ、改めて検討される価値があります。

第2章解説 – 思想と言論の自由

1. なぜ言論の自由は絶対的に重要なのか

『自由論』の第2章は、本全体の3分の1以上を占める長大な章です。ミルがこれほどまでに紙幅を割いたのが、思想と言論の自由についてでした。このこと自体が、ミルにとってこの問題がいかに重要だったかを物語っています。

ミルは冒頭でこう述べます。

「人類が、個人的にせよ集団的にせよ、誰かの意見表明を沈黙させることが正当化されることは、決してない。もしその意見が正しければ、人類は誤りを真理と交換する機会を奪われる。もしその意見が誤りであれば、人類は真理と誤りの衝突から生じる、真理のより明確な認識とより生き生きした印象という、ほぼ同じくらい大きな利益を失う」

この一節は、ミルの議論全体の骨格を示しています。言論を抑圧することは、その意見が正しくても間違っていても、いずれにせよ人類にとって損失なのだと。

重要なのは、ミルがここで言論の自由を、単なる個人の権利としてではなく、社会全体の利益として擁護している点です。もちろん、言論の自由は個人の基本的権利でもあります。しかしミルは功利主義者として、この自由が全体の幸福を増進することを示そうとしているのです。


ミルの議論は、基本的に4つの場合分けに基づいています。

第一の場合:弾圧される意見が完全に真理である場合 第二の場合:弾圧される意見が誤りだが、一部の真理を含んでいる場合 第三の場合:通説が完全に正しく、弾圧される意見が完全に誤りである場合 第四の場合:真理と誤謬が複雑に混在している場合

ミルは、これらすべての場合において、言論を抑圧することが有害であることを論証します。

つまり、弾圧される意見が正しいか間違っているかに関わらず、言論の自由は守られなければならない、ということです。これは極めて強力な主張です。多くの人は「明らかに間違った意見」や「有害な意見」なら規制してもよいと考えるかもしれません。しかしミルは、そのような場合でさえ、自由な議論を認めることが重要だと主張するのです。

それでは、4つの論証を順に見ていきましょう。

2. 弾圧される意見が真理である場合

ミルの第一の論証は、最もシンプルで、最も強力です。もし私たちが抑圧しようとしている意見が実は真理であったなら、私たちは真理を失うことになる、ということです。

ミルはこう問いかけます。

「ある意見を沈黙させようとする人々は、その意見が誤りであると確信しているかもしれない。しかし、その確信は無謬性の仮定に等しい。議論を抑圧することは、無謬性を前提とすることである」

この「無謬性の仮定」という概念が、ミルの議論の核心です。人間は間違いを犯す存在です。過去の歴史を振り返れば、当時は確実に真理だと思われていたことが、後に誤りだと判明した例は無数にあります。


ミルは具体的な歴史的事例を挙げます。

まず、ソクラテスの例です。

紀元前399年、アテネの民主的な裁判所は、ソクラテスを不敬神と青年の堕落の罪で死刑に処しました。ソクラテスは当時、アテネ社会の慣習や価値観に疑問を投げかけ、特に若者たちに批判的思考を教えていました。

アテネの市民たちは、心からソクラテスの教えが有害だと信じていました。彼の問いかけは、社会の道徳的基盤を揺るがし、若者を堕落させると考えられたのです。彼らは善意から、社会を守るために、ソクラテスを沈黙させたのです。

しかし今日、私たちはソクラテスを哲学の始祖として尊敬します。彼の問いかけこそが、人間の理性的思考の出発点でした。アテネの人々は、善意から、そして確信を持って、真理を抹殺してしまったのです。


次にミルは、キリスト教初期の迫害について語ります。

ローマ帝国は、キリスト教徒を迫害しました。皇帝マルクス・アウレリウスは、歴史上最も賢明で善良な支配者の一人とされていますが、彼もキリスト教徒の迫害を許可しました。

なぜでしょうか。それは、当時のローマ人にとって、キリスト教は社会秩序を脅かす危険な思想に見えたからです。ローマの神々への信仰を拒否し、皇帝崇拝を拒み、従来の道徳や慣習を否定する。これは、ローマ社会の基盤を揺るがす破壊的な教えに思えました。

マルクス・アウレリウスは、悪意からではなく、社会を守る責任感から、キリスト教徒を迫害したのです。しかし歴史は、キリスト教が真理を含んでいたことを示しました。少なくとも、それは人類の精神的発展に大きく貢献したのです。


そして、ミルの時代により近い例として、ガリレオ・ガリレイの迫害が挙げられます。

1633年、ローマ・カトリック教会の宗教裁判所は、ガリレオに対して、地動説を撤回し、教えることを禁じる判決を下しました。ガリレオは、コペルニクスの理論を支持し、地球が太陽の周りを回っていると主張していました。

教会の権威者たちは、心から地動説が誤りであり、聖書の教えに反すると信じていました。そして、この誤った教えが広まれば、人々の信仰が揺らぎ、社会的混乱が生じると懸念したのです。

しかし、ガリレオが正しかったことは、今日では誰もが知っています。教会は、絶対の確信を持って、科学的真理を抑圧してしまったのです。


ミルはこれらの例から、重要な教訓を引き出します。

「人類の歴史のあらゆる時代において、その時代の権威者たちによって真理が抑圧されてきた。そしてその時代の人々は、自分たちこそが正しく、抑圧される意見が誤りだと確信していた」

そして、決定的な問いを投げかけます。

「では、なぜ現代の私たちは、過去の人々が犯した過ちを犯さないと確信できるのか?」

ミルの答えは明確です。私たちは確信できません。人間の知識は常に不完全であり、今日真理だと思われていることが、明日には誤りだと判明するかもしれないのです。


ここでミルは、よくある反論を予想します。「確かに過去には誤りがあった。しかし、現代の私たちはより啓蒙されており、より良い判断ができる」という反論です。

しかしミルは、これもまた傲慢だと指摘します。なぜなら、過去のあらゆる時代の人々も、同じことを考えていたからです。中世の人々も、古代より進歩したと信じていました。19世紀の人々も、中世より啓蒙されたと信じていました。そして私たち現代人も、過去より優れていると信じています。

しかし、将来の世代から見れば、私たち現代人の確信もまた、多くの点で誤っているかもしれないのです。


ミルは、さらに深い洞察を示します。

「最も害悪なのは、意見を完全に抑圧してしまうことではない。それは、意見を公に議論することを妨げることである」

つまり、ある意見を法律で禁止することだけが問題なのではありません。もっと微妙な形での抑圧、つまり社会的圧力によって、人々がある意見を表明することを躊躇させることも、同じく有害なのです。

19世紀のイギリスでは、無神論や社会主義の意見は、法律では禁止されていませんでした。しかし、そのような意見を公言すれば、社会的地位を失い、職を失い、社交界から排除される危険がありました。この社会的制裁の恐怖が、多くの人々を沈黙させました。

ミルはこう警告します。

「こうして沈黙させられた意見の中に、もしかしたら真理が含まれていたかもしれない。そして私たちは、それを知る機会を永遠に失ってしまうのだ」


また、ミルは「部分的な真理」の重要性も指摘します。

ある意見が完全に正しいわけではなくても、一部の真理を含んでいるかもしれません。そしてその部分的真理が、全体としての真理の理解に不可欠かもしれないのです。

例えば、ある経済理論が完全に正しいわけではないとしても、経済現象のある側面を鋭く照らし出しているかもしれません。ある社会批判が誇張されているとしても、看過されている問題点を指摘しているかもしれません。

もし私たちが、完全に正しくない意見を抑圧してしまえば、これらの部分的真理も失われてしまいます。


ミルの第一の論証をまとめましょう。

人間は無謬ではない。私たちが誤りだと確信している意見が、実は真理または部分的真理を含んでいるかもしれない。歴史は、権威ある人々が真理を誤りとして抑圧した例で満ちている。したがって、いかなる意見も抑圧してはならない。

この論証は、知的な謙虚さを要求します。自分の確信が絶対に正しいと思い込まず、常に誤りの可能性を認めること。そして、自分と異なる意見にも、真理が含まれているかもしれないと考えること。

これは、現代のSNS社会でしばしば失われている態度です。人々は自分の意見の正しさを確信し、異なる意見を「デマ」「フェイクニュース」として排除しようとします。しかしミルは、そのような確信こそが危険だと警告しているのです。

3. 弾圧される意見が誤りでも一部真理を含む場合

ミルの第二の論証は、より微妙で、より現実的な状況を扱います。それは、抑圧される意見が主として誤りではあるが、一部の真理を含んでいる場合です。

ミルはこう述べます。

「あらゆる主題において、特に最も重要な主題においては、真理は分かれている。通説も異端的意見も、それぞれが真理の一部分を持っており、両者が結合して初めて、全体としての真理に到達できることが多い」

この洞察は極めて重要です。ミルは、真理を単一の正解として見ていません。むしろ、複雑な問題については、複数の視点が真理の異なる側面を照らし出すと考えているのです。


ミルは政治思想の例を挙げます。

19世紀のイギリスでは、保守主義と急進主義が対立していました。保守主義者は、伝統、秩序、安定の価値を強調しました。社会は長い歴史の中で培われた知恵の産物であり、急激な変革は危険だと主張しました。

一方、急進主義者は、進歩、改革、平等の必要性を訴えました。伝統の多くは不合理な偏見であり、社会は理性に基づいて再構築されるべきだと主張しました。

ミルの観察では、どちらも一面的でした。保守主義は秩序と継続性という真理を持っていますが、不正義の是正と必要な改革を軽視します。急進主義は進歩と平等という真理を持っていますが、急激な変化がもたらす混乱と、伝統の中の知恵を軽視します。

全体としての真理は、両方の視点を統合することでのみ得られます。社会には秩序と進歩の両方が必要です。継続性と変革のバランスが求められます。


別の例として、ミルは個人主義と共同体主義の対立を考察します。

ある思想は、個人の自由と権利を最高の価値とします。個人は自律的な存在であり、社会は個人の自由な選択の総和に過ぎないと考えます。

別の思想は、共同体と社会的紐帯を重視します。個人は社会から切り離せず、共同体への義務と連帯が重要だと主張します。

ミルによれば、これらもまた、それぞれが真理の一部を捉えています。人間は確かに個人としての自由と尊厳を持ちます。しかし同時に、社会的存在でもあり、他者との関係の中で生きています。個人の権利だけを強調すれば利己主義に陥り、共同体だけを強調すれば個人の抑圧につながります。

健全な社会は、両方の真理を認識し、バランスを取る必要があるのです。


ミルは経済思想についても同様の分析をします。

自由放任主義(レッセ・フェール)は、市場の自由と個人の経済活動の自由を主張します。政府の介入は最小限にすべきだと考えます。この思想は、市場メカニズムの効率性と、個人の選択の自由という真理を捉えています。

一方、社会主義的な思想は、平等と貧困者の保護を重視します。無制限な市場競争は不平等を生み、弱者を苦しめると主張します。この思想は、分配の公正さと社会的連帯という真理を捉えています。

ミルの時代から150年以上経った現代でも、この論争は続いています。そして現実の経済政策は、どの国でも両方の要素を含んでいます。完全な自由市場も、完全な計画経済も、どちらも機能しないことが歴史的に証明されました。


ミルが強調するのは、対立する意見の「衝突」の重要性です。

「真理は、対立する意見の激しい衝突によってのみ、その全体像を現す。そして、片方の意見だけが許され、もう片方が抑圧されれば、私たちは真理の半分しか見ることができない」

これは、弁証法的な思考と言えるでしょう。テーゼ(定立)とアンチテーゼ(反定立)の対立から、ジンテーゼ(総合)が生まれる。ミルは、この過程が自由な議論を通じて実現されると考えたのです。

重要なのは、この衝突が「激しい」ものでよい、むしろ激しくあるべきだということです。礼儀正しく穏やかな議論だけではなく、情熱的で論争的な議論も必要なのです。

なぜなら、対立が明確でなければ、それぞれの意見が持つ真理の核心が浮かび上がらないからです。中途半端な妥協や、表面的な合意では、深い理解には到達できません。


ミルはさらに、少数派意見の特別な価値を強調します。

「多数派の意見は、まさにそれが多数派であるという理由で、既に十分に聞かれている。必要なのは、少数派の意見を聞くことである」

社会には、多数派の意見に偏る傾向があります。メディアは多数派の意見を反映しやすく、教育機関は主流の考えを教え、社会的圧力は人々を多数派に同調させようとします。

その結果、多数派の意見は過剰に代表され、少数派の意見は過少に代表されます。このアンバランスを是正するために、少数派の意見には特別な保護が必要なのです。

しかも、ミルによれば、社会の進歩はしばしば少数派から始まります。最初は少数派だった意見が、やがて多数派になり、社会を変革する。民主主義、女性の権利、奴隷制の廃止、これらはすべて、最初は少数派の「過激な」意見として始まったのです。


ミルは、ここで重要な区別をします。それは「片面的な真理」と「全面的な真理」の区別です。

多くの論争において、対立する双方が片面的な真理を主張しています。そして、どちらも自分の主張が全面的な真理だと信じています。しかし実際には、両方を総合して初めて、全面的な真理に近づけるのです。

例えば、自由と平等の関係を考えてみましょう。

自由を強調する人々は、平等の追求が自由を制限すると警告します。財産の平等化は、個人の自由な経済活動を妨げる、と。

平等を強調する人々は、不平等が実質的な自由を奪うと反論します。貧しい人々には名目的な自由はあっても、実際に選択肢がない、と。

どちらも一理あります。絶対的な平等の追求は確かに自由を制限します。しかし、極端な不平等も、多くの人々から実質的な自由を奪います。

全面的な真理は、「自由と平等のバランス」という形でしか存在しません。そして、このバランスをどこに置くかは、継続的な議論を通じて模索されるべき問題なのです。


ミルは、この第二の論証を次のようにまとめます。

「通説が持つ真理の部分は、異端的意見が持つ真理の部分によって補完され、完成される必要がある。そして、異端的意見が表明され、議論されることが許されなければ、通説は片面的で、歪められた、不完全な真理のままである」

したがって、たとえある意見が主として誤りであっても、それが一部の真理を含んでいる限り、その意見を表明する自由は守られなければならないのです。

この論証は、現代の「エコーチェンバー」問題に対する警告でもあります。SNSのアルゴリズムは、私たちに自分と似た意見ばかりを見せる傾向があります。その結果、私たちは片面的な真理だけを見て、それが全体だと錯覚してしまいます。

ミルの主張は、積極的に異なる意見に触れることの重要性を示しています。不快に感じる意見、自分の確信に挑戦する意見にこそ、耳を傾ける必要があるのです。

4. 通説が完全に正しい場合でも

ミルの第三の論証は、最も逆説的で、最も深遠なものです。それは、たとえ通説が完全に正しく、それに反対する意見が完全に誤りであったとしても、反対意見を表明する自由は必要だ、というものです。

多くの人は、ここで躓くかもしれません。「明らかに正しいことに対して、明らかに間違った反論をする自由が、なぜ必要なのか?」と。

しかしミルは、極めて重要な理由があると主張します。


ミルはこう説明します。

「もし通説が挑戦されなければ、それは『生きた真理』ではなく『死んだドグマ』になってしまう」

この「生きた真理」と「死んだドグマ」の区別が、ミルの思想の核心です。

生きた真理とは、人々がその意味を理解し、その根拠を知り、それについて考え、議論している真理です。それは単に暗記され、繰り返されているだけではなく、人々の思考と行動を実際に導いているのです。

対照的に、死んだドグマとは、形式的には信じられているが、実質的な意味を失った教義です。人々はそれを口では唱えるが、その意味を深く理解しておらず、したがってそれが実際の行動に影響を与えることもありません。


ミルは宗教の例を挙げます。

キリスト教の教義を考えてみましょう。「隣人を愛せよ」「敵を許せ」「富者が天国に入るのは難しい」。これらは、キリスト教の中心的な教えです。

しかし、ミルが観察した19世紀のイギリス社会では、多くのクリスチャンがこれらの教えを形式的に信じていると称しながら、実際の行動ではほとんど無視していました。

なぜでしょうか。それは、これらの教えが挑戦されず、議論されず、単に権威によって繰り返されているだけだからです。人々は子どもの頃からそう教えられ、疑問を持つことなく受け入れています。しかし、その本当の意味、その根拠、その実践上の含意について、深く考えたことがないのです。

その結果、これらの教えは「死んだドグマ」になってしまいました。日曜日の礼拝では唱えられるが、月曜日の商売では忘れられる。形式的には信じられているが、実質的な力を失っているのです。


ミルは、反対意見の存在がこの状況を変えると主張します。

もし誰かが「隣人を愛せよという教えは非現実的だ」と主張したら、どうなるでしょうか。信者たちは、その教えを守ろうとして、その意味を改めて考えざるを得なくなります。「隣人を愛するとは具体的に何を意味するのか」「なぜそれが重要なのか」「現実社会でどう実践できるのか」。

議論を通じて、教えは再び生命を得ます。単なる言葉の繰り返しから、生きた信念へと変わるのです。

ミルはこう書いています。

「真理の意味が失われたり、弱まったり、その人格形成力や行動への影響力を奪われたりする、その危険は、誤りが真理になる危険と同じくらい大きい。いや、それ以上に大きいかもしれない」


この論証は、教育にも重要な示唆を与えます。

多くの教育は、「正しい答え」を教え込むことに重点を置いています。教師は権威として知識を伝達し、生徒はそれを記憶し、試験で再現します。

しかしミルによれば、このような教育は「死んだドグマ」を生み出すだけです。生徒たちは正しい答えを知っていても、なぜそれが正しいのかを理解していません。その答えに至る思考過程を経験していません。

真の理解のためには、議論が必要です。間違った答えを提示し、それがなぜ間違っているかを議論する。正しい答えに挑戦し、それを守るための論証を考える。このプロセスを通じて、知識は生きたものになるのです。

ソクラテス的な教育法、つまり対話と問答を通じた教育こそが、「生きた真理」を生み出すとミルは考えています。


ミルは、数学の例も挙げています。

数学的真理は、おそらく最も確実な真理です。2+2=4であることに、合理的な疑問の余地はありません。

しかし、数学を学ぶ学生が、単に「2+2=4」と暗記するだけでは、真の理解には至りません。なぜこれが正しいのか、その根拠は何か、どのような公理や定理からこれが導かれるのか。これらを理解して初めて、真の数学的知識を得たと言えます。

そして、この理解のためには、疑問を持つことが必要です。「なぜ2+2=4なのか」という、一見愚かに見える質問が、実は深い理解への入り口なのです。


ミルの第三の論証を、さらに発展させてみましょう。

反対意見が存在しない社会では、人々は考えることをやめます。すべてが既に決まっていて、疑問の余地がないなら、考える必要がないからです。

しかし、考えない人間は、真に自由な人間ではありません。単に権威の意見を繰り返すだけの人間は、自律的な存在ではなく、ある種の自動機械です。

ミルにとって、人間の尊厳は理性の使用にあります。自分で考え、判断し、決定する能力こそが、人間を人間たらしめているのです。したがって、反対意見を抑圧することは、人々から考える機会を奪い、人間性そのものを損なうことになります。


さらに、ミルは社会全体の停滞という問題も指摘します。

異論が許されない社会は、知的に停滞します。新しい視点、新しい発見、新しい批判が生まれる余地がないからです。すべての人が同じことを信じ、同じように考えるなら、進歩は止まります。

ミルは再び中国の例を持ち出します。中国はかつて世界で最も進んだ文明を持っていました。しかし、儒教の教えが絶対視され、異論が許されなくなったとき、社会は停滞しました。

ヨーロッパが進歩したのは、ミルによれば、多様性と論争があったからです。カトリックとプロテスタント、君主制と共和制、保守と革新。これらの対立が、知的活力を生み出したのです。

ミルは、この第三の論証において、反対意見の「教育的価値」を強調しています。

真理を守るために論証する過程で、私たちはその真理をより深く理解します。批判に答えるために、私たちは自分の信念の根拠を検証し、弱点を補強し、曖昧な点を明確にしなければなりません。

これは、法廷における弁論と似ています。一方的に検察側だけが主張するのではなく、弁護側も反論する。この対抗的なプロセスを通じて、真実が明らかになります。もし弁護側が沈黙させられたら、検察の主張が正しいかどうかを十分に検証できません。

同様に、思想の領域でも、反対意見という「悪魔の代弁者」が必要なのです。カトリック教会が聖人認定の際に、あえて反対論を述べる役職を置いていたのと同じ理由です。


ミルは、知識人や教育者に対して特別な批判を向けます。

「教義を単に教え込むだけの教師は、その教義を本当には理解していない。その教義に対する反論を知らず、答えることができない者は、その教義の根拠を理解していない」

これは厳しい批判ですが、重要な指摘です。何かを本当に理解しているなら、それに対する批判にも答えられるはずです。批判を知らず、あるいは避けている人は、表面的な理解しか持っていないのです。

したがって、真の教育は、正統な見解だけでなく、異端的な見解も教えるべきです。そして、なぜ異端が誤っている(もし誤っているなら)のかを、理性的に説明できるようにすべきなのです。

5. 真理と誤謬が混在する場合

ミルの第四の論証は、ある意味で最も現実的です。それは、ほとんどの実際の論争において、どちらの側も完全に正しいわけでも完全に間違っているわけでもない、という認識に基づいています。

ミルはこう述べます。

「これまで述べた三つの場合を組み合わせると、現実の世界で起こっていることがわかる。通常、対立する教義は、真理と誤謬を共に含んでおり、一般的な意見も異端的な意見も、どちらも真理の一部分を持っている」


現実の複雑な問題を考えてみましょう。例えば、現代の気候変動の議論です。

主流の科学的見解は、人為的な温室効果ガスの排出が地球温暖化を引き起こしており、これは深刻な問題だとします。一方、懐疑的な意見は、気候変動の規模や人為的要因の程度について疑問を呈します。

ミルの視点からすれば、このような論争においては、完全な抑圧ではなく、継続的な議論が必要です。主流の見解が大筋で正しいとしても、懐疑論者が提起する具体的な疑問点の中には、検討に値するものがあるかもしれません。データの解釈、モデルの前提、政策の費用対効果など。

議論を通じて、主流の見解はより精緻化され、弱点は補強され、過度の主張は修正されます。同時に、懐疑論者の主張の中で根拠のないものは反証され、根拠のあるものは取り入れられます。


別の例として、経済政策を考えてみましょう。

市場志向の経済学者は、規制緩和と自由競争を主張します。政府介入志向の経済学者は、市場の失敗を指摘し、規制と再分配を主張します。

現実には、どちらの主張にも真理が含まれています。市場メカニズムは確かに効率的ですが、市場の失敗も存在します。規制は必要ですが、過度の規制は害を及ぼします。

健全な経済政策は、両方の視点を考慮し、状況に応じてバランスを取る必要があります。そして、このバランスを見出すためには、両方の意見が自由に表明され、議論されなければなりません。


ミルが強調するのは、「継続的な議論」の必要性です。

真理は一度発見されたら終わり、というものではありません。特に社会的・政治的・道徳的な問題については、状況が変われば、適切な判断も変わります。

例えば、個人の自由と公衆衛生のバランスは、感染症のパンデミック時と平常時では異なるでしょう。経済成長と環境保護のバランスは、社会の発展段階によって異なります。

したがって、これらの問題については、終わりのない議論が必要なのです。一方の見解が「勝利」して他方が沈黙させられるのではなく、継続的な対話を通じて、その時々の最善のバランスを模索し続ける必要があります。


ミルは、ここで重要な洞察を示します。

「真理と誤謬の闘争において、真理は常に勝つだろうという楽観論は、誤りである。歴史は、真理が何度も抑圧され、何世紀も姿を消した例で満ちている」

つまり、真理が自動的に勝利するという保証はないのです。真理が勝つためには、それを守り、主張し、議論する人々の努力が必要です。

そして、この努力は、反対意見との対決を通じて初めて可能になります。反対意見がなければ、真理を守る必要も感じられず、やがて真理は忘れられてしまうのです。


ミルの四つの論証を総合すると、次のような結論になります。

意見が完全に正しい場合も、完全に間違っている場合も、部分的に正しい場合も、あるいは真理と誤謬が複雑に混在している場合も、いずれにせよ自由な議論が必要である。

なぜなら、議論なしには真理を発見することも、真理を保持することも、真理を生き生きとしたものに保つこともできないからです。

これは、言論の自由に対する最も包括的で強力な擁護です。結果に関わらず、プロセスとしての自由な議論そのものに価値があるという主張なのです。

6. 言論の自由の限界

しかし、ミルは言論の自由が完全に無制限だとは主張していません。彼は、言論が行為に転化する境界線について、慎重に考察しています。


ミルは有名な例を示します。これは第2章で簡単に触れましたが、ここで詳しく見てみましょう。

「穀物商人は民衆を飢えさせることで利益を得る悪徳な搾取者だという意見は、新聞の論説として発表される場合には、不処罰のままであるべきである。しかし、興奮した群衆が穀物商人の家の前に集まっている時、同じ意見を演説で述べたり、プラカードとして掲げたりする場合は、処罰されても正当である」

なぜこの区別があるのでしょうか。


ミルの論理は次のようなものです。

新聞での意見表明は、読者に考える時間を与えます。読者はその意見を読み、他の情報源と照らし合わせ、批判的に検討し、自分の判断を形成できます。これは純粋な言論であり、思想の自由市場における一つの声です。

しかし、暴徒化しそうな群衆の前での扇動は、異なります。そこでは、理性的な思考の余地がありません。感情が高ぶり、集団心理が働き、即座に暴力行為につながる危険性が高いのです。

つまり、後者の場合、言論はもはや純粋な意見の表明ではなく、暴力行為の一部、あるいは暴力行為への直接的な誘因となっています。


この区別は、現代の「差し迫った危険」(imminent danger)のテストとして知られる基準の先駆けです。

アメリカ合衆国の最高裁判所は、20世紀の判例を通じて、言論の自由の限界について精緻な法理を発展させました。その核心にあるのが、「差し迫った違法行為」の基準です。

すなわち、言論が即座に違法行為を引き起こす可能性があり、かつその危険が明白かつ現在のものである場合にのみ、その言論を規制できる、という原則です。

単に将来的に誰かが影響を受けて悪いことをするかもしれない、という可能性だけでは、言論を規制する理由にはなりません。


ミルの区別には、もう一つの重要な要素があります。それは「意見」と「扇動」の違いです。

意見とは、ある主張を真であると述べることです。「穀物商人は搾取者だ」というのは意見です。それが正しいか間違っているかは議論の対象ですが、それ自体は保護されるべき言論です。

扇動とは、特定の行為を直接的に呼びかけることです。「あの穀物商人の店を襲撃しよう」というのは扇動です。これは意見の表明ではなく、行為への呼びかけです。

しかし、ミルも認めているように、この境界線は曖昧です。「穀物商人は悪人だ、民衆は自分たちを守るために行動すべきだ」という発言は、意見なのか扇動なのか。文脈によって異なるでしょう。


現代の私たちは、ミルの時代よりもさらに複雑な状況に直面しています。

インターネットとSNSは、言論の伝播速度と範囲を劇的に拡大しました。ある投稿が瞬時に世界中に広がり、予期しない影響を及ぼすことがあります。

ヘイトスピーチの問題も深刻です。特定の集団に対する憎悪を煽る言論は、直接的な暴力を呼びかけていなくても、差別と偏見を助長し、間接的に危害をもたらします。

テロリズムの扇動も新しい課題です。直接的に暴力を呼びかけていなくても、極端な思想を広め、過激化を促進する言論は、どう扱うべきでしょうか。


ミルの原則を現代に適用するには、慎重なバランスが必要です。

一方で、不快な言論、攻撃的な言論、多数派が嫌悪する言論であっても、それが直接的に危害を引き起こさない限り、保護されるべきです。単に誰かの感情を害するだけでは、規制の理由になりません。

他方で、言論が他者への具体的な危害に直結する場合、特に暴力や差別的な行為を直接的に引き起こす場合には、制限が正当化されることもあります。

しかし、制限は必要最小限でなければなりません。なぜなら、言論規制の権限は容易に濫用されるからです。今日は「有害な」言論を規制するために使われた権限が、明日は権力に不都合な真実を封じるために使われるかもしれません。


ミルは、言論規制の危険性について警告しています。

「言論を規制する権限を持つ者は、誰であれ、自分の判断を人類の判断の上に置くことになる。そして、人間の歴史が示すように、その権力を持つ者は、ほぼ例外なくそれを誤用してきた」

したがって、言論の自由の限界を設定する際には、極めて慎重でなければなりません。規制を正当化するハードルは高く設定されるべきです。

現代の民主主義社会の多くが採用している原則は、次のようなものです。言論は原則として自由であり、制限は例外的である。制限が正当化されるのは、明白かつ差し迫った危険がある場合のみである。そして、その判断は可能な限り狭く、具体的になされるべきである。


最後に、ミルの言論の自由論の核心を再確認しましょう。

言論の自由は、単なる個人の権利ではなく、真理の発見と保持のために不可欠な条件です。社会全体の知的健康と道徳的進歩のために、必要なのです。

異論、批判、論争は、不快かもしれませんが、必要なものです。それらを抑圧することは、一時的な平穏をもたらすかもしれませんが、長期的には社会を停滞と退廃に導きます。

真に自由な社会とは、多様な意見が表明され、激しく議論され、批判し合う社会です。そこには不協和音があり、対立があります。しかし、その動的な緊張こそが、社会の活力であり、進歩の源泉なのです。

第3章解説 – 幸福の要素としての個性

1. 個性の重要性

『自由論』第3章で、ミルは議論の焦点を転換します。第2章では、なぜ他者が個人に干渉してはならないかという消極的な自由を論じました。しかし第3章では、なぜ個性を発展させることが積極的に価値があるのかを論じます。

ミルはこう書いています。

「人間は、羊のように互いに模倣し合う機械ではない。人間は、樹木が多様であるように、多様に成長する必要がある。樹木が成長し繁栄するために光、空気、土壌を必要とするように、人間は自由という環境を必要とする」

この比喩は重要です。個性の発展は、単なる贅沢品ではありません。それは人間が人間として成長するための必須条件なのです。


ミルにとって、個性とは何でしょうか。

それは、自分自身の欲望や衝動に従って生きること、自分自身の判断を信頼すること、自分自身の性格を発展させることです。他者の模倣ではなく、自己自身であることです。

しかし、これは単なる気まぐれや衝動のままに生きることを意味しません。ミルが称賛するのは、理性によって導かれた個性です。自分の欲望と能力を認識し、それらを調和的に発展させること。これが真の個性なのです。

ミルは、個性の欠如を厳しく批判します。

「自分自身の性格を持たない人間は、性格を持っていない。他者の模倣だけで生きる人間は、猿と同じく、人間の姿をした何か別のものである」


なぜ個性が重要なのか。ミルは二つの理由を挙げます。

第一に、個性は個人の幸福にとって不可欠です。人は一人ひとり異なる性質、才能、欲望を持っています。したがって、ある人を幸福にする生き方が、別の人を不幸にするかもしれません。各人が自分自身の性格に合った生き方を見出すことでのみ、真の幸福が可能になります。

画一的な生き方の押し付けは、必然的に多くの人々を不幸にします。それは、足のサイズが違う人々全員に、同じサイズの靴を履かせるようなものです。

第二に、個性は社会全体の進歩にとって不可欠です。新しいアイデア、新しい発明、新しい生き方は、個性的な人々から生まれます。もし全員が同じように考え、同じように行動すれば、社会は停滞します。


ミルは、人間の能力の発展という観点から個性を擁護します。

「人間の能力は、使用によってのみ発展する。何かを選択するという能力は、実際に選択することによってのみ強化される。判断力は、判断を下すことによってのみ鍛えられる」

逆に、常に他者に従い、慣習に従い、権威に従う人間は、これらの能力を発展させることができません。その人は、道徳的・知的に未熟な状態に留まります。

ミルの功利主義は、単純な快楽計算ではありません。彼が重視するのは、人間の高次の能力の発展です。そして、これらの能力は、自由な選択と個性の発展を通じてのみ実現されるのです。

2. フンボルトの影響

ミルは、ドイツの思想家ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの言葉を引用します。この引用は『自由論』全体のエピグラフにも使われており、ミルの思想の核心を表しています。

「人間にとって最高の目的、すなわち恣意的で移ろいゆく傾向ではなく、永遠不変の理性によって指示される目的は、人間の諸力を、最高かつ最も調和のとれた全体へと発展させることである」

フンボルトの主張は、人間の目的は単なる生存や快楽ではなく、自己の完成、つまり潜在的な能力を最大限に発展させることだ、というものです。


ミルはこの思想を発展させます。

「人間が真に自分自身であり、他の誰かの模倣ではないためには、個性の開花が必要である。そして、個性が開花するためには、多様性が必要である」

つまり、一人ひとりが異なる形で発展することが、望ましいだけでなく必要なのです。なぜなら、人間の性質は多様であり、画一的な発展モデルなど存在しないからです。

ある人は理論的・思索的な能力に優れているかもしれません。別の人は実践的・行動的な能力に優れているかもしれません。ある人は社交的で、別の人は孤独を好むかもしれません。

これらの違いは、劣等や欠陥ではありません。それは人間の豊かな多様性の表れであり、各人が自分自身の道を見出すことこそが、真の自己実現なのです。


ミルは、個性と幸福の関係を強調します。

「個性が発展している人は、単に幸福であるだけでなく、より完全な人間である。そして、より完全な人間であることは、より高い質の幸福をもたらす」

これは、ミルの質的功利主義の核心です。彼の父ジェームズ・ミルやベンサムの単純な快楽計算を超えて、ジョン・スチュアート・ミルは幸福の質を区別しました。「満足した豚より、不満足なソクラテスの方が良い」という有名な言葉が、これを表しています。

個性を発展させた人間は、より深く、より豊かな幸福を経験できます。なぜなら、その人の高次の能力が活性化されているからです。

3. 慣習と社会的圧力の危険

ミルが最も危惧したのは、「慣習の専制」です。これは、法律による強制よりも、ある意味でもっと危険です。

「慣習の専制は、進歩の永続的な障害である。なぜなら、慣習は人間の心そのものを支配し、独立した思考と行動の精神を押しつぶすからである」

慣習とは、「これまでこうしてきた」「みんながこうしている」という理由で正当化される行動様式です。それは伝統であり、常識であり、「普通」とされるものです。


ミルは慣習に対する三つの批判を展開します。

第一に、慣習は思考を停止させます。「なぜそうするのか」と問わず、「そういうものだから」で済ませてしまいます。これは知的怠惰であり、理性の放棄です。

第二に、慣習は過去を絶対化します。過去の状況で有用だった習慣が、現在でも適切だとは限りません。しかし慣習の支配する社会は、変化を拒み、適応を妨げます。

第三に、慣習は多様性を抑圧します。慣習から外れた行動は、「変わっている」「おかしい」と非難されます。これが個性の発展を妨げるのです。


ミルは、中国文明の停滞を慣習支配の例として挙げます。

「中国は、才能と知恵のある国民である。彼らは多くの優れた格言を持ち、ある時代においては世界で最も進歩していた。しかし今や、何世代にもわたって停滞している。なぜか。彼らは慣習を神聖視し、すべてにおいて先祖のやり方に従うことを美徳としたからである」

この分析は、現代の視点からは単純化されすぎていますが、ミルの核心的な主張を示しています。社会が進歩するためには、過去への盲従ではなく、現在の状況への批判的適応が必要だということです。


そしてミルは、ヨーロッパへの警告を発します。

「ヨーロッパは今や、中国と同じ道を歩み始めているように見える。慣習への従属が増大し、個性が衰退している。中産階級の意見と好みが、すべての人々に課せられつつある」

ミルが観察した19世紀イギリスでは、産業革命と大衆社会化が進行していました。鉄道と新聞が全国を均質化し、教育が標準化され、中産階級の価値観が社会全体に広がっていました。

その結果、地域的・階層的な多様性が失われつつありました。すべての人が、同じような服を着て、同じような家に住み、同じような生活様式を追求する。この画一化こそ、ミルが危惧したものでした。

4. 天才と個性

ミルは、天才と独創性の重要性を力説します。

「天才は、定義上、慣習の道を歩まない。世界が天才に負うものの大部分は、まさに彼らが慣習的なやり方を拒否したことにある」

しかし、慣習支配の社会は、天才を抑圧します。なぜなら、天才は必然的に「普通」ではないからです。


ミルは、社会が天才に対して敵対的になる理由を分析します。

平凡な人々は、自分たちと異なる人々を恐れ、嫌います。卓越性は、彼らに自分の平凡さを意識させ、不快にさせます。したがって、平凡な人々は本能的に、卓越した人々を抑圧しようとします。

「平凡な人々の圧力は、今や社会において圧倒的である。大衆の意見が支配的になり、個人の独立性が衰退している」

民主主義社会では、多数派が権力を持ちます。そして多数派は、ほぼ定義上、平凡な人々です。その結果、社会全体が平凡さのレベルに引き下げられる危険があるのです。


ミルは「集団的な平凡さ」という概念を提示します。

「個々人は弱く、無知かもしれない。しかし集団として、彼らは強力である。そして、この集団的な平凡さが、社会の基準を設定する。その結果、卓越性は抑圧され、独創性は嫌われ、天才は窒息させられる」

これは現代でいう「反知性主義」や「大衆社会の画一化」の先駆的な分析です。多数派の意見が正しいとされ、専門家や知識人が軽視される。深い思考よりも、わかりやすいスローガンが好まれる。

ミルは警告します。このような社会は、長期的には衰退せざるを得ません。なぜなら、進歩は常に少数の先駆者から始まるからです。その少数者を抑圧する社会は、進歩の源泉を断つことになります。


ミルは、天才を保護することの重要性を強調します。

「天才は、単なる希少性ゆえに貴重なのではない。天才こそが社会に新しい真理、新しい発明、新しい生き方をもたらすからである」

そして、天才が現れるためには、多様性と寛容が必要です。なぜなら、どの個性がやがて重要な貢献をするか、事前にはわからないからです。

「変わった人」を抑圧する社会は、将来の天才をも抑圧しているかもしれません。独創的な思想家、革新的な発明家、先駆的な芸術家、これらはすべて、最初は「変わり者」として現れるのです。

5. 具体例で考える

ミルは、抽象的な議論だけでなく、具体的な例も挙げます。

まず、服装の自由です。19世紀のイギリスでは、階級と職業に応じた服装規範が厳格でした。紳士はこう着る、淑女はこう着る、労働者はこう着る。これらの規範から外れることは、社会的非難の対象でした。

ミルは問います。「なぜ人は、自分の好みに合わせて服を着てはいけないのか」と。他者に危害を与えていないのに、単に慣習と異なるという理由で非難されるのは不当だと。


生活様式の選択も同様です。

独身でいるか結婚するか、都市に住むか田舎に住むか、何時に起きて何時に寝るか。これらは本来、個人の選択であるべきです。しかし社会は、「適齢期」や「まともな生活」の規範を押し付けます。

ミルは、このような社会的圧力が、個人の幸福を損なうと主張します。ある人には都会の生活が合っているが、別の人には田舎が合っている。ある人は結婚で幸福を見出すが、別の人は独身で充実する職業選択の自由も重要な例です。

ミルの時代、職業は階級や性別によって大きく制約されていました。女性は限られた職業にしか就けず、労働者階級の子どもが専門職に就くことは極めて困難でした。

しかし、ミルにとって、各人が自分の才能と適性に合った職業を選ぶことは、個性の発展にとって不可欠でした。芸術的才能のある人が商人になることを強制されたり、学問的才能のある人が肉体労働に縛られたりすることは、個人にとっても社会にとっても損失です。

「社会は、人々が自分の才能を発揮できる場を見出すことを助けるべきであり、妨げるべきではない」とミルは主張します。


ミルは、「変わっている」ことへの寛容を訴えます。

「ある人の行動が変わっているということは、それ自体では、その行動を非難する理由にならない。むしろ、そのような人々の存在は、社会にとって有益である」

なぜ有益なのか。第一に、多様性そのものが社会を豊かにします。異なる生き方、異なる価値観の存在は、人々に選択肢を示し、自分自身の生き方を考えるきっかけを与えます。

第二に、「変わった人」が実験台となります。新しい生き方を試みる人々がいるからこそ、社会はより良い方法を発見できます。もし全員が従来通りの生き方を続けるなら、改善の余地は見出されません。

第三に、寛容の精神そのものが、社会の健全性の指標です。異なる生き方を許容できる社会は、柔軟で開かれています。逆に、画一性を強制する社会は、硬直し、閉鎖的です。


ミルは、具体的な行動の例を挙げます。

ある人が菜食主義者になることを選ぶ。ある人が朝型ではなく夜型の生活を送る。ある人が結婚せず独身を貫く。ある人が伝統的な宗教ではなく、独自の哲学を信じる。

これらはすべて、他者に危害を与えていません。単に、多数派とは異なる選択をしているだけです。しかし、慣習支配の社会では、これらの人々は「変人」「非常識」として非難されます。

ミルの主張は明確です。他者に危害を与えない限り、これらの選択は完全に自由であるべきです。そして社会は、単に我慢するだけでなく、このような多様性を積極的に歓迎すべきなのです。


ミルは、個性の章を次のように結びます。

「各人が自分自身の性格に合った生き方を追求する自由、これこそが人間の幸福の主要な要素である。この自由なくして、真の幸福はありえない。そして、この自由を保障するためには、社会は慣習の専制を打破し、多様性を尊重しなければならない」

この主張は、現代の私たちにとっても重要です。SNSの時代、人々はかつてないほど他者の目を意識しています。「いいね」の数、フォロワーの数が、承認の指標となっています。

その結果、人々は個性を抑え、多数派に迎合する傾向があります。炎上を恐れ、目立つことを避け、「普通」であろうとします。

しかしミルは、この「普通」への同調こそが、個人の幸福と社会の進歩を妨げると警告しているのです。各人が自分らしく生きること、多様性を尊重すること、これこそが自由な社会の基盤なのです。


ミルの個性論は、単なる放任主義ではありません。彼は、各人が自己の能力を最大限に発展させることを求めています。それは努力と自己鍛錬を要します。

しかし、その発展の方向性は、各人が自分で決めるべきです。外部から押し付けられた画一的な「成功」のモデルに従うのではなく、自分自身の性質と状況に合った独自の道を見出すこと。

これがミルの考える真の個性であり、真の自己実現です。そして、このような個性の開花を可能にする社会こそが、自由な社会なのです。

次章では、これらの原則を実際の社会にどう適用するか、個人と社会の境界線をどこに引くか、というより実践的な問題に入っていきます。

【第5章】第4章解説 – 社会的権威の限界

1. 個人と社会の境界線

ミルはここで最も困難な問題に取り組みます。他者危害原則は理論としては明快ですが、実際にはどこまでが「個人の領域」で、どこからが「社会が介入できる領域」なのか、その境界線を引くことは極めて難しい。

ミルはこの区別を「自己関連行為(self-regarding actions)」と「他者関連行為(other-regarding actions)」という概念で整理します。

自己関連行為とは、本人にのみ影響する、あるいは本人が主要な利害関係者である行為です。例えば、何を食べるか、どんな趣味を持つか、自分の健康管理をどうするか。これらは原則として本人の主権領域であり、社会は介入できません。

他者関連行為とは、他人の権利や利益に直接的な影響を与える行為です。詐欺、暴力、契約違反などがこれに該当します。

ただしミル自身、この区別が完全に明確ではないことを認めています。現実には、ほとんどの行為が何らかの形で他者に影響するからです。

2. 社会が干渉できる2つの場合

ミルは社会が個人の自由に介入できる正当な根拠を、2つの場合に限定します。

第一に、他者の利益を侵害する場合。これは他者危害原則の直接的な適用です。他人の身体、財産、権利を侵害する行為に対しては、社会は罰則や強制力を用いて介入できます。暴力、窃盗、詐欺がこれに当たります。

重要なのは、単なる「不快感」や「道徳的不満」では不十分だということです。明確な権利侵害や実質的な危害が必要です。誰かの生活様式が気に入らないというだけでは、介入の根拠にはなりません。

第二に、社会を守るための負担を拒否する場合。これはやや分かりにくいですが、具体例で考えましょう。例えば、裁判での証言義務、納税義務、防衛への協力など。社会の一員として当然負うべき義務を果たさない場合、社会はその履行を強制できます。

ミルは「社会の保護を受けている以上、その代償を払う義務がある」と主張します。ただしこの負担は、公平に分配され、過度でないことが条件です。

3. 社会が干渉すべきでない領域

ここでミルは「善意のパターナリズム(paternalism)」を強く批判します。パターナリズムとは「本人のため」という理由で、本人の意思に反して介入することです。

自分自身への危害は、介入の正当化理由にならない。これがミルの明確な立場です。

たとえある人の行為が明らかに自己破壊的で、健康を害し、人生を台無しにするものであっても、それが他者に危害を及ぼさない限り、社会は強制的に介入すべきではありません。

ミルは言います。「本人のためだと考えて強制することは、正当な理由にならない。なぜなら、本人自身の善については、物理的であれ精神的であれ、本人が最良の判断者だからである」

具体例で考えましょう。過度の飲酒、不健康な食生活、危険なスポーツ、浪費。これらは本人に害があるかもしれませんが、他者を傷つけない限り、社会が禁止したり罰したりすべきではない。

もちろん、忠告、説得、議論は大いに推奨されます。他人が自己破壊的な行動をしているとき、私たちは警告し、理性に訴えることができます。しかし最終決定権は本人にあり、強制は許されません。

ミルがこれほど強くパターナリズムを拒否するのは、次の理由からです。

一つは認識論的理由。本人が自分にとって何が善かを最もよく知っているという前提です。他人は、たとえ専門家であっても、その人の価値観、状況、判断を完全には理解できません。

もう一つは発達論的理由。自分で選択し、その結果を引き受けることで、人は成長します。他人が「正しい選択」を押し付けると、その人の自律性と発達の機会を奪ってしまいます。

三つ目は濫用の危険。「本人のため」という名目は、あらゆる介入の口実になりえます。歴史上、多くの抑圧が「あなたの魂の救済のため」「あなたの幸福のため」と正当化されてきました。

4. 間接的影響の問題

ここでミルは理論の最も難しい部分に直面します。厳密に言えば、完全に自己関連的な行為など存在しないという反論です。

例を考えましょう。ある人が過度の飲酒をするとします。一見、自己関連行為です。しかしその人には家族がおり、その行動は家族を悲しませます。職場では生産性が下がり、同僚に迷惑をかけるかもしれません。社会全体で見れば、医療費の増加につながります。これは「他者への影響」ではないのか?

ミルの答えは明確です。間接的影響や付随的影響だけでは、介入の理由にならない。

重要なのは「明確な権利侵害」があるかどうかです。単に他人が不快に思う、心配する、道徳的に非難する、というだけでは不十分です。

ミルはこう区別します。もしその人が家族への扶養義務を怠ったら、それは介入の対象です。なぜなら、他者への明確な義務違反だからです。職場で契約上の義務を果たさなければ、それも介入の対象です。

しかし、義務を果たしている限り、その人が私生活でどんな「悪習」を持っていても、社会は強制的に介入できません。

ミルは「建設的危害(constructive injury)」という概念も退けます。これは「あなたの行為は社会の道徳的雰囲気を悪化させ、間接的に害をもたらす」という主張です。

もしこれを認めたら、他者危害原則は無意味になります。あらゆる非伝統的な行動、少数派の生活様式が「社会に悪影響を与える」として禁止できてしまうからです。

ミルが求める「危害」とは、具体的で、直接的で、権利の侵害を伴うものでなければなりません。単なる不快感、道徳的な不承認、漠然とした社会的影響では不十分なのです。

この区別は今日でも議論されています。例えば薬物使用、性産業、安楽死。これらは「被害者なき犯罪(victimless crimes)」なのか、それとも間接的に社会全体に害を及ぼすのか。ミルの理論は、この議論の出発点となっています。

第5章解説 – 原則の適用例

1. 禁酒法への批判

ミルは当時のアメリカで高まっていた禁酒運動を、他者危害原則に対する重大な脅威として批判します。

禁酒運動の支持者たちは主張しました。「アルコールは社会悪である。犯罪、貧困、家庭崩壊の原因だ。だから酒の製造・販売・消費を全面的に禁止すべきだ」

ミルの反論は明快です。これは「私的な悪徳」への公的介入という、最も危険な介入形態だと。

確かにアルコールの過度な使用は個人に害をもたらします。しかし他者に直接的な危害を与えない限り、それは自己関連行為です。適度な飲酒を楽しむ大多数の人々の自由を、一部の乱用者を理由に奪うことは正当化できません。

ミルが特に警告するのは、多数派が少数派の生活様式を禁止する専制です。禁酒運動は宗教的・道徳的確信を持つ多数派が、異なる価値観を持つ少数派に自分たちの生き方を強制する試みです。

「もし、ある人々にとって飲酒が悪であるという理由で万人に禁止できるなら、イスラム教徒は豚肉を、ヒンドゥー教徒は牛肉を、仏教徒は肉食全般を禁止する権利を持つことになる」とミルは指摘します。

これは道徳的多元主義の擁護です。社会には異なる価値観、生活様式が共存すべきであり、多数派の道徳観を法律で全員に押し付けることは、自由な社会の終焉を意味します。

もちろん、泥酔して他人に暴力を振るえば、それは介入の対象です。しかしそれは飲酒自体ではなく、暴力という他者危害行為を罰するのです。

2. 安息日法批判

ミルはイギリスの安息日法(Sunday Observance Laws)も強く批判します。これは日曜日の商業活動や娯楽を制限する法律で、キリスト教的価値観に基づいていました。

安息日法の支持者は言います。「日曜日は神聖な日であり、世俗的活動は慎むべきだ。これは社会の道徳的健全性のために必要だ」

ミルの批判は二重です。

第一に、これは宗教的多数派による少数派への強制です。キリスト教徒にとって日曜が安息日でも、他の宗教や無宗教の人々に同じ実践を強制する権利はありません。ユダヤ教徒の安息日は土曜日であり、イスラム教徒は金曜日です。多数派の宗教慣習を法律で全員に課すことは、信教の自由の侵害です。

第二に、道徳的・宗教的意見の押し付けへの反対です。ある人々が日曜の娯楽を不敬だと考えるのは自由ですが、それを法律で禁止し、異なる考えの人々にも強制することは許されません。

ミルはさらに指摘します。安息日法は実質的に階級差別でもあります。富裕層は私邸で娯楽を楽しめますが、公共の娯楽施設に頼る労働者階級は、唯一の休日である日曜日に気晴らしの手段を奪われるのです。

ここでミルが擁護するのは私的道徳と公的法律の分離です。個人や宗教団体が自らの信念に従って安息日を守るのは尊重されるべきですが、それを法的に強制し、異なる価値観の人々の自由を制限することは、自由社会の原則に反します。

3. 貿易と経済活動

ミルは自由貿易の熱心な擁護者ですが、その論拠は経済的効率性だけではありません。自由の原則そのものです。

職業選択の自由は基本的権利です。何を作り、何を売り、どんな仕事をするかは、他者に危害を与えない限り、個人の主権領域です。

「売る自由」も「買う自由」も、思想の自由と同じ基盤に立ちます。ある商品の売買を禁止することは、人々の選択の自由を奪うことです。

ただしミルは無制限の自由放任を主張するわけではありません。重要な例外と条件があります。

詐欺や強制からの保護は必要です。虚偽の情報で商品を売る、不当な契約を強要する、独占によって選択肢を奪う。これらは他者の権利を侵害するため、規制の対象です。

情報の不完全性も介入の根拠となります。例えば食品や医薬品では、消費者は商品の安全性を判断できません。ここで表示義務や安全基準の設定は正当化されます。ただしこれは「本人のため」というパターナリズムではなく、「情報の非対称性を是正し、真の選択を可能にする」という理由です。

外部性(externalities)の問題もあります。ある経済活動が第三者に危害を及ぼす場合—公害がその典型—規制は正当化されます。

ミルの立場は、原則は自由、介入には明確な正当化が必要というものです。「市場の失敗」や「社会的利益」といった漠然とした理由では不十分で、具体的な権利侵害や危害の証明が求められます。

4. 結婚と家族

結婚制度についてミルの議論は、当時としては極めて急進的でした。

結婚契約の自由が基本です。誰と結婚するか、いつ結婚するか、結婚するかしないかは、個人の自由です。親の同意、社会的地位の一致、宗教の同一性などを法的要件とすることは、正当化できません。

さらに革新的なのは離婚の権利の擁護です。19世紀のイギリスでは離婚は極めて困難で、特に女性にとってほぼ不可能でした。

ミルは主張します。結婚は契約であり、双方が望まない契約の継続を強制することは、個人の自由の重大な侵害です。「死が二人を分かつまで」という教会の教えを、法律で全員に課すことは、宗教的価値観の強制にほかなりません。

妻ハリエット・テイラーの影響もあり、ミルは結婚における男女の不平等も批判します。当時の法律では妻は夫の財産を持てず、法的権利も制限されていました。これは明らかな不正義です。

ただし重要な例外が子どもです。子どもの養育義務は、親が勝手に放棄できません。

離婚する自由はありますが、子どもへの扶養義務は継続します。もし親が子どもを適切に養育しない場合、これは他者(子ども)への危害であり、社会が介入できます。

さらにミルは、養育能力のない者が子どもを作ることは、無責任な行為だと厳しく批判します。「自分自身を養えない者が子どもを作り、その扶養を社会に押し付けることは、他者への危害である」と。

この点でミルは、生殖の自由さえも絶対的ではないと考えます。子どもは単なる親の所有物ではなく、権利を持つ独立した存在だからです。

5. 教育と子ども

教育について、ミルの立場は一見矛盾しているように見えますが、原則に忠実です。

教育の義務化は擁護します。子どもに教育を受けさせることは親の義務であり、怠れば社会が介入できます。

なぜなら、子どもは自由の原則の例外だからです。ミルの自由論は「成熟した能力を持つ人間」にのみ適用されます。子どもはまだ理性的判断力が未発達であり、保護と教育が必要です。

親が子どもに教育を受けさせないことは、子どもへの危害です。教育なしでは、その子は将来、自由を行使する能力そのものを奪われます。だから社会は教育の最低基準を設定し、親に履行を強制できます。

しかし国家による教育の独占には強く反対します。これは一見矛盾していますが、重要な区別があります。

ミルが恐れるのは、国家が教育内容を独占し、画一的な教育を通じて国民を特定の思想に染めることです。これは思想の自由への重大な脅威です。

ミルの解決策は多元的な教育制度です。親は学校を選べるべきであり、私立学校、宗教学校、多様な教育機関が競争すべきです。国家の役割は最低基準の設定と、貧困家庭への教育費補助に限定されます。

試験制度についても興味深い提案があります。国家は試験を実施して最低限の知識を確認できますが、試験内容は事実知識に限定し、意見や価値判断を含むべきではありません。

親の責任と国家の介入のバランスが鍵です。親は第一義的な責任を持ちますが、子どもの権利(教育を受ける権利)が侵害される場合、国家は介入します。これは親の自由ではなく、子どもの権利を守るための介入です。

6. パターナリズムの限界

ミルはパターナリズムを強く批判しましたが、いくつかの限界事例で微妙な立場を取ります。

最も有名なのは奴隷契約の禁止です。

ミルは問います。「自由の原則は、自由を放棄する自由を含むか?」答えは「ノー」です。

もし誰かが「私は自発的に奴隷になります」という契約を結ぼうとしても、社会はそれを認めるべきではありません。なぜなら、そのような契約を認めることは、自由そのものを否定することになるからです。

「自由とは、自由でない状態を選ぶ自由を含まない。自分の自由を譲渡する自由を認めることは、自由を放棄することである」

これは自由の逆説的な限界です。無制限の自由は自由の廃絶につながりうる。だから自由を守るために、ある種の契約は禁止されるべきなのです。

現代の労働法が、どんなに劣悪な条件でも「本人が同意すれば有効」とは認めないのも、同じ論理です。

自殺や自傷行為についてはより繊切です。

原則としては、自分の生命をどうするかも自己関連事項のはずです。しかしミルは一定の介入を認めます。

例えば、橋から飛び降りようとする人を止めることは正当化されます。ただしその理由は複雑です。これは「本人のため」というパターナリズムではなく、本人の真の意思を確認するための一時的介入です。

人は衝動的に、あるいは誤った情報に基づいて行動することがあります。一時的に止めて、冷静に考える機会を与えることは、本人の真の自律性を尊重することです。

もし十分に考えた上での確固たる意思なら、その後は介入すべきではありません。これは現代の安楽死論争にも通じる論点です。

同様の論理で、危険についての警告も正当化されます。「この橋は危険です」と知らせることは介入ではなく、情報提供です。知った上で渡るなら、それは真の自由な選択です。

ミルが示すのは、自律性の尊重と保護のバランスです。真の自由な選択を可能にするための最小限の介入は認められますが、それを超えて「本人の善」を理由に継続的に強制することは許されません。

これらの適用例が示すのは、他者危害原則が単純な公式ではなく、慎重な判断を要する原則だということです。しかし同時に、その核心—他者に危害を与えない限り個人は自由である—は一貫して維持されているのです。

現代的意義と批判的検討

1. 『自由論』の歴史的影響

『自由論』は出版から160年以上経った今も、リベラリズムの古典的テキストとして読み継がれています。

この本が与えた影響は計り知れません。20世紀の人権宣言、各国の憲法における表現の自由の保障、プライバシー権の確立—これらすべてにミルの思想の痕跡があります。

特に表現の自由の哲学的基礎として、『自由論』は決定的でした。アメリカ連邦最高裁の判例でも、ミルの議論が何度も引用されてきました。「真理は自由な議論の中から生まれる」「間違った意見にも発言の機会を与えるべきだ」という原則は、今や民主主義社会の常識となっています。

法哲学では、刑法の正当化理論に大きな影響を与えました。「何を犯罪とすべきか」という問いに対し、他者危害原則は明確な基準を提供します。H.L.A.ハートやジョエル・ファインバーグといった20世紀の法哲学者たちは、ミルの原則を精緻化し、発展させました。

政治哲学では、ジョン・ロールズの『正義論』、ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』など、立場を超えてミルは参照点となっています。リベラリズムを擁護する者も批判する者も、ミルを避けて通ることはできません。

2. 現代社会での適用例

ミルの原則は抽象的理論ではなく、私たちが日々直面する具体的問題に適用されます。

SNSと言論の自由、特にヘイトスピーチ規制は典型例です。ヘイトスピーチは規制すべきか?ミルの理論からは二つの視点があります。

一方で、ミルは言論の自由をほぼ絶対的に擁護しました。不快な意見、間違った意見でも発言の機会を与えるべきだと。この立場からは、ヘイトスピーチも保護されるべきことになります。

他方で、他者危害原則からは、特定集団への暴力を直接的に扇動する言論は規制対象です。「穀物商の家を焼き討ちせよ」と武装した群衆の前で叫ぶのは言論ではなく危険な行為だとミルは言いました。

問題は、ヘイトスピーチがどちらに該当するかです。直接的な暴力扇動なのか、不快だが保護されるべき意見なのか。この境界線の引き方で、今も激しい議論が続いています。

薬物規制も興味深い論点です。薬物使用は自己関連行為か?ミルの立場からは、成人が自らの判断で使用する限り、規制の根拠は弱いように見えます。

しかし反論もあります。薬物は中毒性があり、判断力を奪う。家族に苦痛を与え、犯罪の温床になる。これは他者への危害ではないか?

この議論は、「自己関連行為」の範囲をどう定義するか、という根本問題に戻ります。現実には、ポルトガルのような非犯罪化政策から、厳罰主義まで、国によって対応は大きく異なります。

ヘルメット法やシートベルト法は、パターナリズムの是非を問います。これらは明らかに「本人のため」の規制です。

ミルの原則に忠実なら、これらは正当化できません。他人を危険にさらすわけではなく、本人のみがリスクを負うからです。実際、アメリカの一部の州ではヘルメット着用義務はありません。

しかし別の正当化も可能です。事故後の医療費は社会が負担する、遺族が苦しむ、という「他者への影響」を理由とする論法です。ただしこれを認めると、他者危害原則の歯止めが効かなくなる危険があります。

喫煙規制は興味深い変化を見せてきました。かつては喫煙は自己関連行為と見なされましたが、受動喫煙の害が明らかになり、状況が変わりました。

公共空間での喫煙禁止は、まさに他者危害原則の適用です。他人の健康を害する以上、自由は制限されます。これはミルの原則に完全に合致します。

逆に言えば、誰にも害を与えない私的空間での喫煙は、健康に悪いとしても本人の自由であるべきです。

安楽死・尊厳死は、おそらく最も難しい問題です。自分の死を選ぶ権利はあるのか?

ミルの自己主権論からは、これは究極の自己決定事項のはずです。しかし「奴隷契約の禁止」の議論を思い出してください。自由を完全に放棄する選択は認められないとミルは言いました。死の選択も同様でしょうか?

多くの国では慎重に条件を付けつつ、尊厳死を認める方向に動いています。苦痛、治療の見込みのなさ、繰り返される本人の意思確認—これらが判断基準です。ミルの「真の意思の確認」という論理が生きています。

3. ミル理論への批判

『自由論』は古典ですが、無謬ではありません。多くの重要な批判があります。

第一の批判:自己/他者の区別は曖昧だ。これは最も根本的な批判です。

厳密に言えば、完全に自己関連的な行為など存在しません。私たちは社会的存在であり、あらゆる行為が何らかの形で他者に影響します。ある人の「私的な」生活様式も、家族、友人、コミュニティに影響します。

この批判を押し進めると、他者危害原則は適用範囲がほとんどなくなります。あるいは逆に、すべてが「他者への影響」を理由に規制対象になってしまいます。

ミルはこれを予見し、「明確な権利侵害」を基準としましたが、それでも境界線は曖昧です。

第二の批判:共同体主義からの根本的異議。マイケル・サンデルなどの共同体主義者は、ミルの個人主義的前提そのものを疑問視します。

ミルは個人を社会から切り離された独立存在として描きます。しかし実際には、個人のアイデンティティ自体が社会的に構成されています。私たちの価値観、目標、自己理解は、属するコミュニティから切り離せません。

共同体主義者から見れば、ミルの理論は人間本性について誤った想定をしています。「社会」対「個人」という二元論自体が問題だというのです。

さらに、共通善(common good)の概念が欠落していると批判します。社会には、個人の権利の総和を超えた集合的な善があるはずだと。

第三の批判:功利主義との緊張。これは内在的批判です。

ミル自身は功利主義者であり、自由も最終的には「最大多数の最大幸福」に貢献するから価値があるとします。しかし『自由論』では、自由はほとんど絶対的原則として扱われています。

もし自由を制限することで全体の幸福が増大するなら、功利主義者はそれを支持すべきではないか?例えば、多数派を不快にする少数者の行動を禁止すれば、総幸福量は増えるかもしれません。

ミルは「長期的には自由が幸福を最大化する」と主張しますが、これは経験的主張であり、反例がありえます。功利主義と自由の原則は、必ずしも調和しないのです。

第四の批判:文化相対主義の問題。ミルは自由の原則を「未開社会」には適用しないと述べました。

現代の視点からは、これは明白に問題があります。誰が「成熟した」社会で、誰が「未開」なのかを判断する権利があるのか?これは帝国主義的・人種差別的思考の現れではないか?

ミルの時代には当然視された文化的優越性の前提は、今日では受け入れられません。しかしこれは『自由論』の核心部分を損なうものではなく、むしろ普遍化すべきだと多くの論者は考えます。

第五の批判:アイザイア・バーリンの「二つの自由概念」。バーリンは消極的自由と積極的自由を区別しました。

ミルが擁護するのは消極的自由(〜からの自由)—干渉されないこと—です。しかし積極的自由(〜への自由)—自己実現の能力—も重要ではないか?

貧困、無教育、病気の人は、法的には自由でも、実質的に自由を行使できません。消極的自由だけでは不十分で、積極的自由—実際に選択できる能力—の保障が必要だという批判です。

この議論は福祉国家論、分配的正義の議論につながります。ミルの理論は経済的不平等の問題に十分対応できないという指摘です。

4. それでも『自由論』が重要な理由

これだけ多くの批判があるのに、なぜ『自由論』は今も読まれるのか?

第一に、自由の価値を体系的に論証した先駆性。ミル以前にも自由の擁護者はいましたが、『自由論』ほど包括的で説得的な議論はありませんでした。

言論の自由、個性の価値、パターナリズム批判、寛容の原則—これらを一つの理論的枠組みで統合したのはミルが最初です。

第二に、多数者の専制への警告の現代的妥当性。ミルが最も恐れたのは、民主主義における多数派の圧政でした。

今日、この警告はますます重要です。SNSでの「炎上」、キャンセル・カルチャー、同調圧力—現代の「多数者の専制」は、国家権力よりも社会的圧力の形を取ります。まさにミルが予見した状況です。

世論が「正しさ」を押し付け、異端の意見を排除しようとする。多数派の道徳観に合わない生き方が攻撃される。ミルの警告は、150年後の今こそ切実です。

第三に、寛容と多様性の哲学的基礎を提供すること。現代社会は価値観の多元化が進んでいます。異なる宗教、文化、生活様式が共存せざるを得ません。

その中で「何を許容し、何を規制すべきか」という問いに、ミルは明確な原則を示します。完璧ではないにせよ、他者危害原則は今も有力な判断基準です。

さらにミルは、多様性それ自体に価値があることを論証しました。画一性は停滞を生み、多様性は進歩を生む。異なる意見、変わった生き方、少数者の存在—これらは社会にとって負担ではなく、活力の源だと。

この思想は、多文化社会、グローバル化した世界でますます重要になっています。

最後に、『自由論』は完成された理論ではなく、継続する対話の出発点です。ミルの議論には限界があり、批判もあります。しかしそれは議論を終わらせるのではなく、深めます。

「自由とは何か」「個人と社会の関係はどうあるべきか」「多様性をどう守るか」—これらの問いに最終的な答えはありません。しかし『自由論』は、これらの問いについて考え続けるための、最も豊かな道具を提供してくれるのです。

ミルは完璧な答えを与えたのではありません。しかし正しい問いを立て、考えるための枠組みを示しました。それこそが、古典の真の価値なのです。

まとめ

さて、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』、長い解説になりましたが、最後に核心をもう一度確認しましょう。

他者危害原則—これがすべての出発点でした。「他人に危害を及ぼさない限り、個人は完全に自由である」。シンプルな原則ですが、その含意は深遠です。

この原則は、国家だけでなく、社会、世論、多数派の道徳観による個人への干渉を制限します。たとえ善意からであっても、たとえ多数派が支持していても、本人が他者を傷つけない限り、その生き方に介入することは許されません。

個性と多様性の価値—ミルが強調したのは、単なる「危害を避けるための消極的寛容」ではありませんでした。

個性の開花、多様な生き方の共存、それ自体が人間の幸福と社会の進歩に不可欠だと論証しました。「変わっている」ことは問題ではなく、価値なのです。慣習への盲従、画一性への圧力、平凡さの専制—これらこそが真の危険です。

社会が活力を保つには、天才を歓迎し、少数意見を尊重し、実験的な生き方を許容する必要があります。異端者、変わり者、一匹狼—彼らは社会の厄介者ではなく、進歩の源泉なのです。

言論の自由の絶対的重要性—ミルの4つの論証を思い出してください。

弾圧される意見が真理かもしれない。一部の真理を含むかもしれない。通説が正しくても、議論がなければドグマになる。そして現実は複雑で、多様な視点が必要です。

だから、どんなに不快な意見でも、どんなに間違っていると思える主張でも、発言の機会は守られるべきです。真理は自由な議論の中からのみ生まれます。

これは今日、かつてなく重要です。SNS時代の私たちは、気に入らない意見を「ブロック」し、同じ意見の人だけでエコーチェンバーを作りがちです。しかしミルは警告します—それは真理への道を閉ざすことだと。

結局、自由とは何でしょうか?

ミルの答えはこうです。自由とは、他者を傷つけない限りでの自己決定権である。

自分の人生をどう生きるか、何を信じるか、何を目指すか—それを決めるのは本人です。国家でも、社会でも、多数派でも、「あなたのため」と言う善意の人々でもありません。

もちろん、自由には責任が伴います。他者の同じ自由を尊重する責任。自分の選択の結果を引き受ける責任。そして、議論を通じて真理を追求し続ける責任。

『自由論』が出版されて165年。しかしミルが提起した問いは、まったく古びていません。

SNSでの誹謗中傷をどこまで規制すべきか。ヘイトスピーチと表現の自由の境界はどこか。個人の健康的でない生活習慣に社会は介入すべきか。マイノリティの権利と多数派の価値観が衝突したらどうするか。

これらすべての問いに、『自由論』は考えるための枠組みを提供してくれます。答えではなく、問い続ける方法を。

最後に、あなた自身に問いかけてみてください。

あなたは他者の「変わった」生き方を、どこまで許容できますか? 自分の価値観と全く異なる人生を選ぶ人がいたとき、それを尊重できるでしょうか。

社会の「善意」による介入を、どう考えますか? 「あなたのため」という言葉で、どこまで個人の自由を制限できるのでしょうか。

そして、あなた自身は自由に生きていますか? 他人の目、社会の期待、慣習の重圧—それらから自由に、自分自身の判断で人生を選択しているでしょうか。

ミルは私たちに、勇気を持って自由であれと呼びかけます。そして同時に、他者の自由を守る寛容さを持てと。

自由な社会とは、完璧な社会ではありません。間違いも、失敗も、不快なことも起こります。しかしそれでも、画一的で窒息するような「完璧な秩序」よりも、混沌としていても自由で活力ある社会の方が、人間にふさわしいのです。

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