今回も哲学書の解説シリーズです。今回は、アンリ・ベルクソンの『創造的進化』を取り上げます。
【オープニング】:1907年という偶然の一致
みなさん、こんにちは。哲学書をやさしく、しかし手加減せずに読み解いていくこのチャンネルへようこそ。前回、私たちはヘンリー・シジウィックの『倫理学の諸方法』を読み解きました。あのとき少し触れた通り、ウィリアム・ジェイムズが『プラグマティズム』を世に問うたのと同じ一九〇七年に、シジウィックの思想の決定版となる第七版が刊行されていました。実はこの一九〇七年には、もう一冊、のちの時代に大きな影響を与えることになる哲学書が刊行されています。それが今回取り上げる、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの『創造的進化』です。
同じ一九〇七年に、三人の哲学者が、それぞれまったく異なる対象をめぐって、驚くほどよく似た構えの問いを立てていた、というのは、なんとも興味深い偶然ではないでしょうか。ジェイムズは、ある観念が真理であるかどうかを、教説の中身からではなく、それを検証するための「方法」から捉え直そうとしました。シジウィックは、何が正しい行為であるかを、一つの立場から宣言するのではなく、正しさを判定するための複数の「方法」を比較検討することに、生涯を費やしました。そして同じ年、ベルクソンが向き合おうとしたのも、実によく似た構造を持つ問いでした。生命や進化そのものを捉えるために、私たちが普段何気なく頼りにしている「知性」というものは、本当にそれで十分なのだろうか。それとも、知性だけでは決して届かない、まったく別の何かが必要になるのではないか、という問いです。
少し考えてみてください。生命の進化とは、いったいどのような過程なのでしょうか。歯車やバネを組み合わせて時計を作るときのように、小さな部品となる偶然の変異が積み重なっていくだけの、機械的な過程なのでしょうか。それとも、建築家があらかじめ図面を引いてから建物を建てるときのように、どこかに描かれた設計図を、忠実になぞっていくだけの過程なのでしょうか。もし進化が、そのどちらでもないとしたら、進化とは一体何なのでしょうか。そして何より、生命という、片時も止まることなく変化し続けているものを、私たちが日常の中で当たり前のように使っている、静止した概念の組み合わせによって、本当に余すところなく捉えきることができるのでしょうか。
実はこの問い、単に百年以上前の生物学論争にとどまる話ではありません。アルゴリズムやデータの断片によって世界を理解しようとする、私たちの時代にこそ、あらためて突き刺さってくる問いなのです。この根源的な問いを掲げて、これからベルクソンの思考を、じっくりと丁寧に辿っていきましょう。
第一章 アンリ・ベルクソンという哲学者――講義室を熱狂させた哲学者
まず、アンリ・ベルクソンその人について、詳しく見ていきましょう。彼は一八五九年、パリに生まれました。奇しくもこれは、チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を世に出したのと、まったく同じ年です。のちに進化そのものを哲学の主題に据えることになる人物が、進化論が世界を揺るがした、まさにその年に生を受けていた、というのも、何か因縁めいたものを感じさせます。
ベルクソンは、フランスにおいて最難関とされるエリート養成機関、高等師範学校で学び、当時から数学と哲学の両方にずば抜けた才能を示していた俊英だったと言われています。彼の名を一躍高めることになったのが、フランスにおける最高峰の学術機関の一つ、コレージュ・ド・フランスでの講義でした。その人気ぶりは並外れたもので、定員三百七十人ほどしかない教室に、七百人近くもの聴衆が押し寄せたと伝えられています。席を確保できなかった人々の中には、窓によじ登ってまで講義を聴こうとする者や、あらかじめ従僕を会場に行かせて席取りをさせる貴婦人までいたと言われるほどの熱狂ぶりでした。
ちなみに、ベルクソンの講義に押し寄せる馬車で周辺の道路が渋滞したという、よく知られた逸話がありますが、これは厳密に言うと、一九〇七年のパリでの出来事ではありません。実際にこの交通渋滞が起きたとされるのは、一九一三年、ベルクソンが渡米し、コロンビア大学で講演を行った際、その会場周辺、ニューヨークのブロードウェイで実際に起きたことだとされています。パリでの熱狂そのものは間違いなく本物でしたが、この渋滞の逸話に関しては、語り継がれる中で、パリの光景と重ね合わされ、多少の誇張が加わっている可能性があることも、公平のために付け加えておきましょう。
彼の主要な著作の歩みも、簡単に押さえておきましょう。まず一八八九年、博士論文として発表された『時間と自由』において、彼はこれから見ていく「持続」という概念を初めて提示します。続いて一八九六年の『物質と記憶』では、身体と記憶、そして知覚の関係を掘り下げて論じました。そして一九〇七年、本書『創造的進化』において、彼の主題は、時間や意識の分析から、進化論、そして生命そのものの哲学へと、大きく広がっていくことになります。
この本の成功によって、一九二七年、ベルクソンはノーベル文学賞を受賞します。実際の発表は、選考の事情により翌一九二八年にずれ込みましたが、哲学書としての受賞は、当時としても異例中の異例でした。受賞理由として挙げられたのは、「豊かで活力に満ちた思想と、それを表現する見事な筆致」というものでした。
同時代への影響という点でも、興味深いエピソードには事欠きません。一八九一年頃、ベルクソンは、のちに『失われた時を求めて』を書くことになる作家マルセル・プルーストの縁戚にあたる、ルイーズ・ヌーブュルジェという女性と結婚しています。その結婚式では、プルースト自身が立会人を務めるなど、単なる姻戚関係を超えた、家族ぐるみの深い交流があったことが知られています。また、若き日のT・S・エリオットが、一九一〇年から翌一一年にかけてパリに渡り、ベルクソンの講義を実際に聴講していたことも分かっており、その影響は、のちの彼の詩作にまで及んだとされています。
一方で、すべての人がベルクソンを手放しで歓迎したわけではありません。イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは、ベルクソンの哲学を「反知性主義」と評し、知性が陥りがちな混乱や誤りにつけこみながら、いわば「悪い思考を、良い思考よりも好んでいる」とまで、手厳しく批判しました。二十世紀半ば、ベルクソンの名は一時忘れられかけますが、二十世紀後半、ジル・ドゥルーズが一九六六年に発表した著作『ベルクソンの哲学』などをきっかけに、あらためて大きく再評価されることになりました。
晩年のベルクソンについても、一言だけ触れておきたいと思います。第二次世界大戦下、ナチス・ドイツによる占領統治のもと、フランス国内でユダヤ系住民への迫害が強まっていく中で、高名な業績を理由に特別な除外措置を提案されながらも、それを固辞したという逸話が伝えられています。栄光と忘却、そして再評価という、実に波乱に満ちた歩みをたどってきた哲学者、それがアンリ・ベルクソンなのです。
第二章 持続(durée)――時間は、点の集まりではない
ベルクソンの哲学全体の出発点にある、最も根本的な概念から見ていきましょう。それが「持続」、フランス語でデュレと呼ばれる概念です。私たちは普段、「時間」と言われれば、時計の針が示す目盛りや、カレンダーに整然と並んだ日付のようなものを、まず思い浮かべるのではないでしょうか。しかしベルクソンに言わせれば、これは本当の意味での時間ではありません。それは、空間の中に、均質でどれも同じ大きさの点を、等間隔に並べたものにすぎない、いわば「空間化された時間」なのです。
では、本当の時間とは何なのでしょうか。それは、過ぎ去った過去がけっして消え去ることなく、そのまま途切れることなく現在へと流れ込み続ける、切れ目のない、質的な変化の連続だ、とベルクソンは考えます。この持続というものを説明するために、ベルクソンは、こんな身近な例を挙げています。コップに入った水に、角砂糖を落とし、それが溶けきるのを待つ場面を想像してみてください。この砂糖が完全に溶けるまでにかかる時間は、時計の上ではせいぜい数分間の出来事にすぎないかもしれません。しかし、それを実際に待つという経験そのものは、決して早送りすることができません。私たちはその変化を、みずからの内側から、じかに生きるほかありません。
私たちの日常にも、これと同じ構造を持つ経験はいくらでも見つかります。大切な人との再会を待ちわびる時間、試験の結果を待つ間の落ち着かなさ、退屈な会議が終わるのを待つときの、いやに長く感じられる時間。これらはすべて、時計の目盛りの上では同じ長さでも、生きられる経験としてはまったく違う質を帯びています。この持続という概念こそが、のちにベルクソンが、生命そのもの、そして進化そのものを捉え直そうとするときの、揺るぎない出発点になっていきます。
当時の物理学は、時間を、空間の中のどこか一点から、他の一点へと、均質に流れていく、いわば絶対的な入れ物のようなものとして扱っていました。ベルクソンの持続という概念は、この、科学が当然の前提としていた時間の捉え方そのものに対する、根本的な異議申し立てでもありました。科学が時間を扱うとき、その時間は、いわば止まった線路の上に置かれた物差しのようなものです。しかし、私たちが実際に生きている時間は、その物差しの上を移動する点ではなく、物差しそのものが絶えず伸び続け、形を変え続けているような何かなのです。
第三章 知性の本性――なぜ知性は、生命をうまく捉えられないのか
ここで、一つの根本的な問いを立ててみましょう。私たち人間の知性は、そもそも一体何のために進化してきたのでしょうか。ベルクソンの答えは、明快です。知性とは、固体的な物質を相手にし、道具を作り、具体的な行動を起こすために発達してきた能力である、というものです。ベルクソンは、人間を指して、「ホモ・サピエンス」、すなわち知恵ある人である以前に、何よりもまず「ホモ・ファーベル」、すなわち道具を作る人なのだ、という有名な言い方をしています。
ベルクソンは、この知性の本領を、「道具を作るための道具まで作る」能力だ、という言い方で言い表しています。動物の中にも、簡単な道具を用いる例は見られますが、そうした道具を作るための、さらに専用の道具まで発明し、次から次へと工夫を重ねていくのは、人間の知性に特有の芸当です。
しかし、その同じ知性が、絶えず流れ続ける持続や、生命そのものを直接に捉えようとすると、途端に大きな困難に直面してしまう、とベルクソンは指摘します。ここで彼が持ち出す、非常に有名な比喩があります。「映画的錯覚」、あるいはシネマトグラフの錯覚と呼ばれるものです。映画のフィルムというものを思い浮かべてみてください。それは実際には、静止した一コマ一コマの画像が、ただ連続して並んでいるだけのものにすぎません。それを、一秒間に何十コマという一定の速さで連続して映写することで、私たちの目には、初めて、なめらかに動く一つの運動であるかのような錯覚が生み出されます。
ベルクソンによれば、私たちの知性がやっていることも、実はこれとまったく同じ構造を持っている、というのです。知性は、絶えず流れ続ける生命の運動を、まず静止した概念の切れ端に分解し、それをあとからつなぎ合わせることで、あたかも運動そのものを捉えたかのような錯覚を、みずから作り出してしまいます。しかし、いくら精巧な静止画を、どれだけたくさん並べたところで、そこには、本当の意味での「流れ」そのものは、決して含まれていません。この知性のやり方は、物質を相手にする科学的な実践においては非常に強力な武器になりますが、絶えず変化し続ける生命そのものの本質を理解しようとするときには、根本的なところで、対象そのものを取り逃がしてしまうのではないか。これが、ベルクソンが下す、鋭い診断なのです。
第四章 機械論と目的論への批判――進化に設計図はあるか
さて、当時の生物学において、進化をめぐって激しく対立していた、二つの立場を整理しておきましょう。一つは機械論です。偶然に生じた小さな変異が、自然選択によって、ただふるいにかけられていくだけであり、進化がたどり着く先には、あらかじめ定められた目的など、どこにも存在しない、とする立場です。ダーウィンの進化論や、当時、社会全体に絶大な影響力を持っていたハーバート・スペンサーの進化思想が、これにあたります。もう一つは目的論です。進化は、あらかじめどこかに描かれた設計図や計画に沿って、着実に展開していくのだ、とする立場です。
ベルクソンは、この対立する二つの立場のどちらもが、何か大切なものを見落としているのではないか、と考えます。彼が、その根拠として持ち出すのが、収斂進化と呼ばれる現象です。ベルクソンが実際にこの本の中で取り上げる例が、ホタテガイなど二枚貝の仲間が持つ眼と、私たち人間を含む脊椎動物が持つ眼です。この両者は、生物としての系統がまったく異なるにもかかわらず、それぞれ独立に、驚くほどよく似た構造を持つ、精巧な眼を進化させてきました。もっとも、この両者の眼が、構造的にどこまで本当に深く似ているのかについては、当時から異論があり、現代の比較解剖学では、ベルクソンが強調したほどの深い類似はないとする見方もあることは、公平のために付け加えておく必要があるでしょう。
それでもなお、ベルクソンがここで提起している論点そのものは、今なお考えさせられるものです。もし進化というものが、単なる偶然の積み重ねにすぎないのだとしたら、まったく系統の異なる生物が、これほどまでによく似た、精巧きわまりない複雑な器官に、それぞれ独立にたどり着くというのは、いかにも起こりにくい、途方もない偶然であるはずです。かといって、この事実は、あらかじめ定められた青写真が、どこかに存在することを意味するわけでもありません。単なる偶然の積み重ねだけでは説明がつかず、かといって、あらかじめの設計図でも説明がつかない。だとすれば、進化とは一体、何なのでしょうか。ベルクソンは、機械論でも目的論でもない、まったく新しい第三の道を模索する必要がある、と論じるのです。
第五章 エラン・ヴィタール――生命の飛躍
ベルクソンが提示する、その第三の道こそが、「エラン・ヴィタール」、日本語では「生の飛躍」や「生命の躍動」と訳される、彼の哲学を象徴する概念です。これは、進化の全体を、後ろから絶えず押し進めていく、単一の、それ以上分割することのできない、創造的な衝動である、とベルクソンは捉えます。この衝動は、あらかじめ結果を見通した上で、着実に前進していくわけではありません。そのつど、物質という抵抗にぶつかりながら、あらかじめ予見することができない、まったく新しい形を生み出し続けていく、という性格を持っています。
時計仕掛けのように、原因さえ分かれば結果がすべて計算できてしまうような世界には、本当の意味での新しさは生まれません。しかし生命は、まさにその計算をはみ出す、予見不可能な新しさを、絶えず生み出し続けているのだ、というのです。ただし、ここでベルクソン自身が念を押していることがあります。これは、何か神秘的な、自然の法則を超えた超自然的な力を、こっそり持ち込もうとするものではない、という点です。あくまで、生命そのものに内在する一つの傾向として、理解されるべきものなのだ、とベルクソンは繰り返し留保をつけています。
ここで思い出してほしいのが、先ほど見た「持続」という概念です。エラン・ヴィタールとは、いわば、個々の生き物一つ一つのレベルで感じられる持続が、種を超え、世代を超えて、生命全体の規模にまで広がったものだ、と捉えることもできるでしょう。個体の内側で流れる時間の話から、生命全体を貫く進化の話へと、ベルクソンの視野は、持続という一本の糸を頼りに、着実に広がっていくのです。
第六章 進化の三つの方向――植物・本能・知性
単一だったはずの生命の飛躍は、進んでいく先々で出会う、物質という抵抗を受けながら、次第にいくつかの方向へと枝分かれしていきます。ベルクソンは、この枝分かれの結果として、大きく三つの方向を見出します。一つ目は植物です。植物は、みずから動き回ることをやめ、その場に固定されたまま、太陽の光と無機物から、直接に栄養を作り出すという、独自の方向に特化していきました。二つ目は本能です。とりわけ昆虫において顕著に見られるこの能力は、対象そのものの内側に入り込むような、極めて直接的で、しかも完成度の高い行動を可能にします。しかしその代わり、本能は、特定の限られた状況にしか通用せず、そして何より、自分がなぜそのように行動しているのかを、みずから意識することが、決してありません。三つ目が知性です。人間においてもっとも発達したこの能力は、対象を外側から分析し、道具を用いて、そのつど変化する状況に、柔軟に対応することを可能にします。しかしその代わり、知性は、対象の内部にじかに入り込むことができず、あくまで外側からの、間接的な把握にとどまり続けます。
ここで大切なのは、この植物、本能、知性という三つを、優劣の序列として捉えるべきではない、という点です。植物も、本能も、知性も、もとをたどれば単一だった生命の衝動が、物質という抵抗にぶつかりながら、それぞれ異なる方向へと枝分かれしていった結果にすぎません。大きな一本の木を思い浮かべてみてください。幹から伸びた枝は、それぞれまったく違う方向を向いていますが、そのどれもが、同じ一本の樹液の流れを、途中で分かち合っただけの存在です。植物という枝、本能という枝、知性という枝は、まさにこの木の枝分かれのように、根元では一つに結びついています。もし進化を、下等な生物から高等な生物へと一直線に昇っていく階段だと考えてしまうと、植物や昆虫は、人間よりも「劣った」段階にいる存在だと見えてしまいます。しかしベルクソンの見方に立てば、それぞれの枝は、それぞれの流儀で、生命という同じ衝動を、精一杯まで開花させた、対等な達成なのです。
第七章 知性と本能、そして直観――生命を内側から捉える方法
ここまで見てきた、知性と本能、それぞれの長所と限界を、あらためて整理してみましょう。知性は、対象を外側から分析することには長けていますが、対象そのものの内側にまで入り込むことはできません。本能は、対象の内側に入り込むような、直接的な共感を持っていますが、自分自身がそれを行っていることを、みずから意識することができません。言うなれば、知性は「見えるが、触れられない」能力であり、本能は「触れられるが、見えない」能力だと言えるかもしれません。
ベルクソンは、この知性と本能のどちらでもない、第三の認識のあり方として、「直観」というものを提示します。それは、本能が本来持っていた、対象への内側からの共感を、知性が持つ、みずからを省みる力と結びつけ、その共感の働きを、対象の理解へと際限なく広げていったものだ、とベルクソンはこの直観を定義します。この直観こそが、持続や生命そのものを、あらかじめ静止した概念に分解してしまうことなく、直接に、まるごと捉えることを可能にする、唯一の方法なのだ、というのがベルクソンの主張です。ただし、これは知性や、知性に基づく科学的な分析そのものを、まるごと否定するものではありません。それぞれが本来得意とする場所を、正しく見極めるべきだ、というのが、ベルクソンなりの、絶妙なバランス感覚だったと言えるでしょう。
この直観という方法をめぐる議論は、実はもう一つ、大きな哲学的な野心を秘めています。ドイツの哲学者イマヌエル・カントは、かつて、人間の認識には根本的な限界があり、物事の本当のありのままの姿、いわゆる物自体には、決して手が届かないのだと論じました。ベルクソンの直観という方法は、実はこのカント的な限界そのものに対する、静かな、しかし大胆な挑戦でもあります。知性とは別に、直観という道が残されているのだとすれば、少なくとも持続や生命に関しては、その内側にじかに触れることができるはずだ、とベルクソンは考えたのです。哲学が長らく諦めていたはずの扉に、もう一度手をかけようとした、実に野心的な試みだったと言えるでしょう。
【独自の視点】このチャンネルとしての批判的検討
さて、ここまでベルクソンの議論を丁寧に追いかけてきましたが、このチャンネルとして、ここで一度立ち止まり、無批判にそのまま受け取るのではなく、あらためて吟味してみたいと思います。まず向き合うべきなのは、エラン・ヴィタールという概念そのものに、当時から今日に至るまで、絶えず投げかけられ続けている、根本的な疑問です。それは、これが実証可能な仮説だというよりも、まだうまく説明できていない現象に、それらしい名前を後から与えているだけの、いわば「言葉による説明の先送り」にすぎないのではないか、という疑いです。先ほど紹介した、バートランド・ラッセルの批判の核心も、まさにこの一点にありました。ベルクソンの議論には、確かに詩的な魅力がありますが、それは検証可能性を欠いた、単なる「気分」の表明にとどまっているのではないか、というのがラッセルの見立てでした。
一方で、二十世紀後半以降の生物学が明らかにしてきたことにも、公平に目を向けておく必要があります。たとえば、複数の要素が相互作用することで、あらかじめ誰にも設計されていない秩序が自発的に生まれてくる自己組織化や創発と呼ばれる現象、あるいは、同じ遺伝子の配列を持ちながらも、環境との相互作用によって、まったく異なる性質が現れてくるエピジェネティクスのような仕組みです。こうした知見は、単純な機械論的な還元だけでは説明しきれない複雑さが、実際の生命現象には確かに存在することを示しています。哲学の世界に目を移しても、二十世紀のイギリスの哲学者アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの「過程哲学」も、方向性としてはベルクソンの問題意識と重なり合うところがある試みだと言えるでしょう。
つまり、こういうことではないでしょうか。エラン・ヴィタールという、実体として存在する神秘的な力そのものを、あらためて仮定する必要は、おそらくありません。しかし、ベルクソンが機械論と目的論の両方に対して投げかけた、「もっと単純な図式には収まりきらないものが、生命には確かにあるのではないか」という、あの直観そのものは、まったくの的外れではなかった、と評価することができるのではないでしょうか。このチャンネルとしての見立てを、あえて述べておくならば、ベルクソンの哲学は、検証可能な科学的仮説として読むよりも、私たちが持続や生命の創造性というものを、日々どのように「体験」しているのか、その体験の仕方そのものを反省させる、いわば認識論的な警告として読むときにこそ、今なお大きな価値を持つのではないか、ということです。知性による分析が、どれほど精緻になったとしても、それだけではどうしても取り逃がしてしまうものがある。この指摘そのものは、百年以上前になされた話でありながら、現代を生きる私たちにとっても、決して他人事ではないはずです。
【まとめ】:この本が問いかけるもの
最後に、ここまで見てきたベルクソンの思想を、あらためて振り返ってみましょう。持続、知性の本性と映画的錯覚、機械論と目的論への批判、エラン・ヴィタール、進化の三つの方向、そして知性と本能と直観。これらすべてを貫いているのは、生命という、絶えず変化し続けるものを、静止した概念や、機械的な因果の連鎖だけで、隅々まで説明し尽くそうとすることへの、根本的な異議申し立てです。ベルクソンが目指したのは、機械論でもなく、目的論でもない、創造という第三の道を、粘り強く、そして誠実に提示することでした。
この本が、私たちに投げかけている問いを、あらためて考えてみましょう。データやアルゴリズムを使って物事を分析することに、すっかり慣れきってしまった私たちは、知らず知らずのうちに、この世界を、まるで「映画的錯覚」のように、静止した断片の集まりとして捉えてしまってはいないでしょうか。友人の人生を、SNSに投稿された断片的な写真の集まりだけで分かった気になってしまうとき、私たちは、まさにベルクソンが警告した、あの錯覚に陥っているのかもしれません。百年以上前に、一人の哲学者が投げかけたこの問いは、AIやビッグデータの時代を生きる私たちにとって、当時よりも、むしろさらに切実さを増しているのかもしれません。

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